演技

 このまま行くと、今年の誕生日は恐怖の1日になりそうだ。何とか上手い手を考えて避けなければ。  傷つけまいとして最初に嘘をついたのが悔やまれる。のぞき込むようにして「オイシイデスカ?オイシイデスカ?」とやられたものだから「オイシイ、オイシイ」と心にもない言葉を返してしまった。あちらの国は料理でもてなすのが親近感の表れかと思うくらいしばしば料理を作って持ってきてくれる。しかしそのたびに僕は迫真の演技をして、美味しそうに頂くのだ。  恐らく香辛料だろう、僕の大いなる拒否反応の原因は。素材は日本で買ったもので作ってくれるのだからおおむね大丈夫だ。それがどうも完成品に形を変えて出されると途端に受け付けなくなる。いやいや、この前うどんに似たものを我が家の台所で作ってくれていたときなど、階下の薬局にまで香ってきた。もうその時点で終業後二階に上がっていく気持ちが萎えていた。出来れば仕事を朝まで続けていたかった。 運悪く、今年の僕の誕生日が休日になるらしい。それをいつ知ったのか分からないが、その日にかの国の料理でパーティーをしようと提案してくれたのだ。気持ちだけ頂くという便利な言葉が口から出そうになったが、料理を好ましく思っていないのがばれそうだったから、例によって嬉しそうな顔をした。最初に感じたままを口に出していたら、今こうして取り繕うことの連続に悩むこともなかったと反省するが、恐らくこれからも嘘に嘘を重ねていくのだろう。  ところでさすがにスイーツだけは香辛料に差はなくて、おおむね美味しく頂ける。どうせなら当日最初から最後までスイーツだけにしてくれないかな。糖分を浴びるほどとってギトギトにテカってもいいから。虫歯の2本や3本も我慢できる。あの独特の香りから逃げられるなら僕は薬剤師を辞めて歌手になっても我慢する。