一発ギャグ

 たまには失敗やドジもいいものだ。思わぬ効果がある。気がつかない失敗は多くはしてはいけないもの、許されないものが多いが、目の前の失敗は笑いを誘うこともある。  一人目は、10年近く前、鬱病を患っていた女性だ。病院で思うように回復しなかったのでおばあさんが紹介してくれた。漢方薬で膝を治してあげたのだが、鬱病も治るだろうと連れてきてくれたのだ。実際に半年もかからないうちに完全に治ってしまった。仕事にも復活し結婚し、お子さんも二人出来て、幸せ一杯に暮らしている。今は何があっても来てくれるような関係になり、お子さん達、ご主人、おばあちゃん、ひいばあちゃんのカルテを僕は作っている。その彼女が2点買い物をして、僕が紙袋に入れたのだが、小さな袋だったので入れた途端に破れてしまって、薬が破れたTシャツを着ているような感じになった。珍しく僕が丁寧な応対をして紙袋まで用意したのに、裏目に出てしまった。その瞬間二人で結構大きな声を出して笑った。若いお母さんがしばしば薬局を利用するようなことは余りないが、彼女は家族のほとんどのトラブルを漢方薬で治していて、親類の子がやってくるような気楽さでやって来てくれる。多くの場合のように、あの人はあれから幸せにしているだろうかと、時々思い出すようなこともなく、幸せ一杯をしばしば目撃できることは嬉しいものだ。  二人目の失敗は、それから30分もたたないうちにやってしまった。同じ鬱病でもこの男性は違う。10年来毎月処方箋をもってくるが、ほとんど会話をしたことがない。僕の所には薬を取りに来ているだけだから、無駄な会話はしない。淡々と薬を渡しているだけだ。ところが今日は、保険者番号が変わっていて、確かめなければならなかった。薬を作ってからその作業が結構手間取ったので、急いで会計をしてお大事にと言って見送ろうとしていた。するとその人に帰る様子はなく、奥の僕の机の方を見るのだ。すると彼が持って帰るべき薬が置いてある。お金だけ頂いて薬を渡していないのだ。やってしまったと彼の顔を見ると視線があってそこで二人が吹き出した。なんと僕は彼の笑った顔を初めて見たのだ。ああ、笑えるんだと、とても嬉しかった。なぜだか僕の薬局には心が折れかけた人が多く来てくれるが、僕はこの笑いをとても大切にしている。笑える人は治ると思っている。笑わない人は、一度でも笑ってもらえるように処方を工夫する。彼は病院の患者さんだから手が出せずに傍観しているだけだが、一発ギャグくらい許されるのかなと思った。真面目そうな人だから受けなかった時のしっぺ返しが怖いが、まあその時には二発ギャグで形勢を逆転しよう。