裏表

 ミスった。何で気がつかなかったのだろう。ボールペンも必需品のカッターもその時間必要無かったのか。いつものようにいたるところに置き忘れているのを使ったのか。 それにしても久しぶりに乗り物酔いの薬を買いに来た僕より少し年配の奥さんは気がつかなかったのか。それにしても、これから3年ぶりに町外に自分で車を運転して出かけるからパニックの薬をつくってと言って入ってきた女性は気がつかなかったのか。それにしても毎年好評の虫さされ軟膏を親類中に配るからと言って沢山取りに来たおばあさんは気がつかなかったのか。それにしても肝臓を守る薬を必需品とする酒好きの公務員の男性は気がつかなかったのか。それにしても遠くから悪夢を見ると言って相談に初めて来た男性は気がつかなかったのか。それにしても10メートルくらいしか歩けなかったのに、無理をすれば50メートル歩けるようになったと喜んでいた老人は気がつかなかったのか。 遠くから初めて相談にきてくれた人でも一見して僕のだらしなさには気がつく。さすがに初対面の人間に向かって言いにくいかもしれないが、常連さんや時々必要なものを取りに来る人達にとって僕はそんなに敷居は高くないはずだ。真面目な話はほとんどしないし、病気の話は深くしないことにしているから。話せば僕のあらが出るし、理論で治る病気なんか無いから。だから、一番に気がついた人が言ってくれればと今更思う。もっとも、どちらかというと僕の白衣は裏側の方が綺麗だ。だから全員、今日は珍しく綺麗な白衣を着ているなと思ったのかも知れない。それだったら、誰も口にしなかったのも頷ける。いっそのこと日替わりで表と裏を交互に着ようか。それなら今でも長く着ていられるのがもっと長く着れる。  それにしても10時過ぎに来た娘はどうして遠くから見た瞬間分かったのだろう。「お父さん、白衣が裏表」と。いつもなら胸にいっぱいつっこんでいるボールペンが見えなかったからだろうか。それとも僕の人間性が裏表ありと見破っているからだろうか。