大道芸人

 夏用の半袖の白衣を僕は恐らく二つ持っていて、汚れて余りにも醜くなれば妻が次のを出してくれる。でも恐らくこの10年新しい白衣を着たことがないから、どちらも年季ものだと思う。
僕が着ているのは左に一つ胸ポケットがあり、左右に脇ポケットがあるオーソドックスな白衣なのだが、そのポケットの連携が素晴らしい。実は正面から見たら分からないが胸ポケットの底は糸がほつれていていわば底なしのポケットだ。何十年の癖で胸ポケットには数本のボールペンとカッターナイフが常時差されている。薬局の中そこかしこにボールペンは散乱しているが一応使った後は胸に差すようにしている。ところが忙しさにかまけてクリップを挟まずにポケットに直接差したり、元々クリップが壊れているもの多いからそんな手間も最初から必要ないものもあるのだが、どちらにせよそれらは瞬く間に胸ポケットから落ちる。ここからが僕のポケットの奇跡なのだが、胸ポケットから落ちるボールペンやカッターナイフは、100%脇ポケットの中に落ちて入る。この数年1度もはずして床に落ちたことはない。実は数年前から始まったことなのだが、当初は底が全開ではなかったから、胸ポケットの隙間から偶然落ちたボールペンだけが脇ポケットに収まっていた。最初は気がつかなかった。どうして入れる習慣がない脇ポケットにボールペンやカッターナイフがあるのだろうと不思議だった。そのうち気がついたのだがだんだん底が大きく破れてからは100%の確立で脇ポケットに集まっている。長年に渡るポケットに手を入れての応対で丁度いつも開きっぱなしのポケットにしてしまったのだろうが、いまではちょっとした楽しみでもある。何これ珍百景にでも応募してやろうかと思うが、あの能なしの司会者達の前にでるのも屈辱だから密かな楽しみにして取っておこうと思う。  もしこの曲芸を見てみたいと思えばリクエストして呼んで欲しい。全国何処にでも行って、公園の隅で空き缶を前に置きこの鍛え抜かれた芸を披露する。  今日から僕は大道芸人