散財

 漢方薬を持って帰った方から電話があって、何が入っているのと尋ねられた。漢方特有の名前でしか成分が書いていないから、分からないのだろう。正式名と言えば正式名だが、もっと簡単に理解してもらえる俗称もある。普段、余り難しいことは言わないことにしているから、いや僕自身も分からなくなるから、簡単な呼び名に変えるようにしている。 癌患者さんには、抗ガン剤に負けない身体になって頂く漢方薬や、免疫をあげる漢方薬を作ることが多い。癌をやっつけるなんて薬局が言ったら、何も買わずにすぐ出ていった方がいい。所詮薬局は端役にしかなれないが、病院の先端技術を十分受ける身体になってもらうのは薬局の得意な所だから、その点だけで謙虚に協力させてもらうことにしている。難しい名前で分からなかったらしいから、ナツメの実とか、ニッケとか、カキの殻とか、ミカンの皮などと答えていたら、自分でもこれでは効きそうにないなと思った。やはり格調高く、大棗、桂皮、牡蛎、陳皮などと煙にまいていれば良かったかなと思った。  インターネットが普及して誰もが何でも分かるようになった。下手をすると25年漢方をやっている僕より、マニアックな人もいる。漢方薬の最大の欠点として、例えば「肥満気味の人の高血圧」などと、何も分かっていない人でもあたかもその言葉の通り選べば効くのではないかと思わせる表現方法がまかり通っていることがある。テレビ宣伝やマスコミで漢方薬を売りさばこうとしている製薬会社などはまさにそれを利用しているが、それでは素人判断と同じレベルだ。もっとも、問診せずに薬を売れるのだから効く薬では危ないだろう。効かなくても害がない、これが彼らの第一条件なのだろう。  僕はやせぎすの人にも「肥満気味」の漢方薬を使うし、色黒でがっちりした人にも「色白でむくみがちな」漢方薬を使う。ラベルに書かれているとおりに使えば、100人に薬を出してまぐれで1割くらいは効くだろうか。いや、1割も難しいのではないか。偶然の域を出ないのではないかと思う。  この近辺の人はもう諦め気味で、男でも生理不順の漢方薬を持って帰ってくれるし、痔が悪くても喘息の漢方薬を黙って持って帰ってくれる。薬局を継いで30年、守り続けたことがいくつかあるが、決して売りつけないこともその一つだ。ヤマト薬局の特徴は決して親切ぶって薬を勧めないこと。頼まれたことだけすると言うこと。これだから楽しく仕事が出来る。後味の悪いことは、こちらの体をむしばむ。片や財布の中身、片や良心、お互い大切にとっておこう。むやみやたらに散財するものではない。