ホームレス

 朝早く、岡山市内のホテルの前を車で通りかかった。その時間からホテルの食堂はやっているみたいで、玄関傍のショーケースは電灯で明るく照らされていた。小雨だったのでやたらショウケースが目立った。玄関正面にはフロント係が見えた。ホテル内の食堂は中華料理が美味しくて、僕は2回ほどラーメンを食べに入ったことがある。ショーケースの前に初老の男が立っていた。大きな紙袋を下げて、黒色らしきズボンに作業着らしき服を着ていた。らしきが続いたのは、よれよれのズボンで元の色は分からない、よれよれの服で元は分からないからだ。男はじっとショーケースを見入っていた。信号待ちの間ほとんど動きがないように見えたので、余程真剣に見入っていたのか。何を想い見入っていたのだろう。  「お腹が空いているんだろうな、食べていないんだろうか」と妻に言うと「ホームレスと決めつけてはだめよ」と答えた。僕が黙っていると「でも、その様に見えるね」と言ったから、やはりそうなのだろう。勉強会に県外に行く妻を駅まで送っていたので、勿論そんなことは出来ないけれど「一緒に朝食を食べますかと声をかけて、ラーメンが食べれたらいいのにね」と言うと妻も賛同していた。僕らは出来そうにもないことを言って自己満足しているだけだが、それを、いや、それ以上を実際に行っている人は沢山おられる。圧倒的な心の温かさにただただ小さくなるばかりだ。  その日の午後の話。  偶然かもしれないが、二人ともかなりのびっこを引いていて、歩くたびに大きく体が揺れる。マイクを持って自己紹介したが、一人は照れて少し威嚇するような素振りを見せた。勿論悪意は全くない。もう1人は簡単にと言いながら、結構喋られた。二人とも別々の建築現場で働いていた面識のない男だが、共通点がある。まず事故で大けがをしたこと。片や足の複雑骨折。片や足と首の怪我。2つ目は、それが原因でホームレスまでに転落したこと。3つ目はその人達を家族として受け入れているある女性に助けられたこと。その女性が彼らのために、特に足を切断しなければならないかもしれない一人のために祈ってくださいと言われた。そんなことで何の役にも立てそうにはないが、女性にとってはそれで十分なのだろう。僕らに宴曲に奮起を促しているのかもしれない。  出来ることより出来ないことばかりを捜していじけて暮らしている僕たちに、さあ一緒にと手を差し伸べてくれているのかもしれない。ホームレスの二人にだけでなく、心のホームレスの僕たちも救おうとしてくれているのかもしれない。美しい心の持ち主って、本当に美しい表情をするものだと、同じ部屋にいながら何か遠くにいる人を見ているような錯覚に襲われていた。