僕の大切な貴女へ

 毎日昼過ぎに目覚め、学食で100円の定食を食べ、おもむろにバスで柳が瀬に出かけます。柳が瀬には20分くらいでつきますが、着くとすぐパチンコ屋に入ります。数百円で粘れるだけ粘ります。多くの日は負け、時に勝たせてもらいます。回りには僕みたいな落ちこぼれ学生、夜の商売の女達、仕事にあぶれた日雇い達、さぼりのサラリーマン。そんな人間ばかりです。ほとんどの人間が煙草を吹かし、ひたすら機械に向かい、目だけ動かしています。頭の中を空っぽにしたくて、パチンコの玉を追います。しかし、いくらのめり込んでもいつもこんなはずではなかったと後ろめたさが追いかけてきます。逃げれば逃げるほど後ろめたさは追いついてきます。学校に行きたかったけれど、足はいつも柳が瀬に向いてしまいます。学校に行く動機付けがなかったのです。僕は漠然と、貴女がいる大学の文系学部を目指して受験勉強をしていましたが、兄弟の上3人が誰も薬学部に行かずに薬局を継がないことになり、僕におはちが回ってきたのです。どうしても貴女のいる大学に行きたいという強い意志もなかったので、安易に進路を変えました。5年間、ほとんど大学には行っていません。どうして卒業できたのか今だ分かりません。今でも良く夢でうなされます。試験の夢ばかりです。僕はまだ卒業していないんだという設定ばかりです。卒業しているはずなのに試験を受けている場面ばかりです。夢の途中で気が付いてほっとします。5年間、明るく振る舞いましたが、根は暗いです。見抜いている人も多く、万人に好かれるタイプではありませんでした。落ちこぼればかりが集まり、自分たちをまるで犠牲者のように、まるで英雄のように、自己弁護しながら傷口をなめ合っていました。軽薄な日常でした。今以上を目指すこともなく、努力を放棄することの代償の大きさに気が付きませんでした。無意味の意味を考え抜いた5年間でした。自分自身の、またこの国や世界の。答えを得ることもなくあの地を去り青春とも決別しました。自暴自棄の一歩手前の危うい時期でした。何が引き留めてくれたのかは分かりませんが、取り返しのつかないことだけはしなくてすみました。あの時期の何があって今があるのか分かりません。あの時期の何が無くて今があるのかも分かりません。ただ、あの時期を通過した自分が今ここにいるってことです。青春を美化する経験が何一つ無いので、あの頃を特別視することはありません。僕が住んでいた街の空のように、いつも雲がたれ込めていました。貴女はあの頃の僕。僕と違うのは、とても優秀で、心優しいと言うことです。自分を大切にしてください。貴女は貴女が授かった能力、貴女が勝ち得た知識で僕なんかより何十倍も活躍できる人。貴女が今抱えた困難は、いずれは必ず貴女の武器になります。それも人を助けてあげるための。今を否定しないでください。貴女の住む街にも朝を告げる鳥は鳴くし、夜を横切る川もあります。貴女の街に行くたびに、駅ビルから四方を見下ろしていました。そこで貴女は少女の時代を過ごし、今青春の扉を閉めようとしています。僕には大人になった貴女が苦しみの中にある人達を助けている光景が見えます。謙遜を兼ね備えた貴女が。