大根

 台風で海水に浸かったのをきっかけに、100年以上家屋が立っていた跡地に申し訳程度の土をいれ、畑にした。好きなのか、仕方なくなのか知らないが、母が硬い土を耕し、幾種類かの野菜を植えている。全くの素人だから勿論旨くは出来ないが、ある農家の夫婦の指導の甲斐あって、それなりの収穫はある。  最近母の作った大根が人気らしい。硬い土に向かってのびるのでまっすぐには伸びない。堅い土にあたったところから方向を変えるのだ。見栄えが悪いから母は謙遜しているが、近所の魚屋さんと食堂が、頂戴ねといって勝手に抜いていくそうだ。勿論勝手に抜いて良いような人間関係だからそのことは問題ない。その関係がない人も時々抜いていて、そのことで人間関係が出来ることもあるらしい。何しろ昔の商店街の中に突然小さな畑が出現するのだから、ちょっと夕食で足らないときには便利だろう。抜く方に悪気もないし、抜かれて不快もないらしい。  お世辞で美味しいといっているのではないだろう。漬け物にしたり、刺身のつまにしたりするらしい。海辺で海水を含んでいるのではないかというような土に生えるから塩辛いのだろうかと、冗談ぽく素人同士話をしたけれど、本当のことは分からない。それでも行き場を失い柔らかいところを求めて育ったゆがみ大根が、重宝がられるのはまんざらでもないらしい。  僕の薬局はお百姓さんが沢山来る。あの人達も母と同じ気持ちで作物を作っているのだろうか。プロだから、母みたいに甘っちょろいことは考えないのか。それとももっともっと、作物に愛着を持っているのだろうか。野菜は土を耕し種から育てる。魚も今では稚魚から育てる。決して、工場でオートメーションで作られるものではない。プラスチックの容器に最初から入っているものではない。育てられた命が入っている。モノであってモノでないような気がする。だって、力が及ばないときには柔軟に生きろと身をもって教えてくれているのだから。