矢印

 最初、相談に来たときに、不快症状が書ききれないくらいあった若い女性がいる。彼女を数ヶ月漢方薬でお世話をして、かなりの症状は軽減できたが完全ではない。ところが直近に来たときには、とても明るくて笑顔が良かった。もっとも、つらくても笑顔が良くて、回りからは常に誤解されると言っていたが、それにしても嬉しそうだった。調子はどうと尋ねると、いいよって嬉しくなるような答えが返ってきた。それに続いて少し照れ加減で「彼氏が出来たの」と言った。なるほど、彼氏が出来るだけでこんなに表情や体調が変わってくるのかと思った。僕の漢方薬より余程効くのではないかと思った。もう治すところがないのではと言うと、少し考えて腰が痛いと言った。そんなことこの数ヶ月の間に聞いたこともない。今までもっと不都合な症状で悩んでいたので忘れていて、やっと出番が回ってきたのだ。結局腰痛に絞って又漢方薬を始めたのだが、良いホルモンが出るってすばらしいことだと教えられた。  薬局で話題になるのは実はこの逆のことの方が圧倒的に多い。逆の出来事は、憎しみ、軽蔑、争いを伴うから、免疫を落とし、ホルモンと自律神経を狂わせる。心は勿論身体までむしばまれる。僕の前では何故か話しやすいみたいで、皆さんいろいろ進行形の葛藤を教えてくれる。失うものも大きいが、失ってやっと解放される人も意外と多い。しがみついていたモノがとるに足らないことに気がついて、解放されてそれでどっと体調が回復する人も多い。  男女関係はたいへんな幸せをもたらすこともあり、たいへんな不幸をもたらすこともある。関わらないのも一つの生き方かもしれないが、人間が動物であることから逃げられない以上、本能に導かれる部分があまりにも大きい。大切なことは男女関係を克服することではなく、それによってもたらされる結果を克服する能力だろう。ベクトルが瞬間的に方向を変えることなど日常茶飯事だ。幸せに向かっているのか、困難に向かっているのか見極めは大切だが、落ちていく矢印を受け止める訓練もしておかないと、なかなかもつれた糸の固まりから矢印の先端を見つけるのは難しい。