たなご

 さすがに海辺で育っただけあって、僕は魚が大好きだ。瀬戸内の魚は派手ではない。大きな魚もいないし、全国に名を轟かせるような魚もいない。でも、どれを食べても美味しい。その中で僕のおすすめは「たなご」だ。チヌ(黒鯛)を小さく優しくしたような魚で、白身が良くしまり、焼いて大根おろしにしょうゆをかけて食べると最高だ。関東から月曜日に来た女性も、西から木曜日に来た女性も、一口食べるとすぐ驚いたように「おいしい」と言ってくれた。おそらく実際に驚いたのだろう。見た目が貧弱に見えたのかもしれない。僕はその一言が出るとやったと思う。料理を誉めてくれたと言うより、牛窓を誉めてもらったような気持ちになるから。贅沢なもてなしは出来ないから、妻が日常の家庭料理を出す。極普通のもてなしで、驚きを与えられれば演出としては最高だ。  外国の話だが、わが子がいるのに、いとも簡単に養子縁組をして他人を育てる。日本人にはなかなか理解できない。ただ、何人かの青年がやってきて泊まっていき、色々話したり、仕事を手伝ってもらったり、一緒に遊んだりすると、情が移りそれこそ他人のようには思えなくなる。ちょっとした仕草で、風邪をひいていないか、疲れがたまっていないかなどと気にかかる。全く血のつながっていない人間が家庭を作ることも可能なのだと今なら断言出来る。  それぞれが自分の「場」に帰っていった。想い出をいっぱい残して。それぞれの「場」が戦場でないことを祈る。