名刺

今日、ある国会議員が一人で訪ねてきた。勿論面識はないが、テレビでしばしば顔を見ているのですぐに分かった。要件は、見え見えで、ある参議院の候補者の投票依頼だった。お客さんが丁度帰ろうとしていたところなので、少しだけ話をした。その後彼は名刺をだし、僕にもくれるように言った。ところが僕は今だ嘗て名詞を持ったこともないし作ったこともない。僕は名刺を持っていないと答えると、彼は「本当ですか?」と不思議そうに言った。僕はその「本当ですか?」のほうが余程不思議だったが、世間では彼の不思議の方が大勢なのかもしれない。  僕に必要ないものはいっぱいある。だから長い歳月持ったことはないものがいっぱいある。腕時計は学生時代が最後だ。どこに行っても時計がないところはない。商店を覗けばすぐに時間はわかる。携帯電話。公衆電話で十分だ。どうせろくなことに使っていないのは最近いやと言うほど教えられた。肩書。どんな小さな集まりでも上に立つのは嫌いだ。下に位置するのも嫌いだ。上もないし下もないのが好きだ。装飾物は全て嫌いだ。Tシャツの肌触り以外全て嫌いだ。気持ち悪くなる。外も中も飾らない。どうせどんなに力んでもほとんどの人は「極、普通」なのだから。極普通に生きて、人を裏切らなければそれでいい。  今日1日だけ、普通の場所に降りてきた街に住むおえらい人、名刺を集めても仕方ないではないか。この 町の多くの家の軒先で今日もカラスに、巣立たんばかりの子ツバメが食べられている。どこかの国の人間社会の様と似ていないか。