船酔い

 30年前の名古屋駅の構内は、テニスコートが何面取れるだろうかと言うくらい広くて閑散としていた。勿論六大都市の中の1つだから人は多いのだが、余りにも広いものだから、人気がないように映ったものだ。ところが昨日改札口から構内に出たとたん、余りの人の多さに戸惑ってしまった。勉強会で色々な所に行くが、今回ほど人の多さに圧倒されたのは珍しい。  僕が岐阜を離れて30年。その間に名古屋の人口が極端に増えたのか。それとも好調な中部地方の経済を反映して浮かれて外出したがっているのか、ツインタワーの集客力か。華やかなレストランの前には長い行列、ガラス越しにハンバーガーをかじる人達。豊さがからからと音を立てて笑っている。すべるように落ちるエレベーターが凋落の寒村を笑う。出稼ぎの契約が人権の低空飛行を続ける。  当時、「にいちゃん、いい仕事あるで」何度声をかけられたか分からない。破れたジーパンに破れたズック靴、破れたTシャツに破れた心。今の僕には人波に抗す若さも意志もない。行きつくところを知らない漂流物の僕は、圧倒的な人の多さに船酔いしている。