一言

 4年間、のべつくまなく咳く人が相談に来られた。詳しいことは守秘義務上言えないが、相談しているのが、裏の事務室でパソコンを手伝ってくれていた姉に聞こえていたらしい。入ってきてからも、30秒に1回は必ず咳きこむその人が、ある瞬間から咳かなくなったことを姉も気がついたらしい。その方が帰ってから「あんたの一言が人を救うんだなあ」と感心したように言っていた。僕はその方にもスタッフにも咳が止まったじゃないといって注意を喚起したのだが、ご自分で咳が止まったことに気がつかないでいた。  もし今日僕が作った漢方薬が効いてでもしたら、県内の有名な病院や近隣の開業医の方に申し訳ないから、あまり大きなことは言えない。4年間で県内の大きな病院はすべていっているし、その方の町の開業医にも世話になっている。レントゲン、CT、吸入に、ステロイド、パッチ、ありとあらゆる治療をしていただいたらしいが、咳きつづけている。  「こんなに咳きつづけて、どんな薬を飲んでも効かないのは大きな病気が隠れているのでしょうか、何か悪い病気なんでしょうか。姑がもっと大きな病院に行けと勧めるばっかりするのです」と息も絶え絶えに訴える。僕は「本当に悪い病気だったら4年も経っているのだから、とうに死んでいる」と答えた。僕はカウンセラーではないので、心地よい言葉を投げかけるようなことは意識しない。しかし、治したい一心で思ったことを素直に投げかける。その後その方は多くの恐らく今まで誰にも話したことがないようなことを話してくれた。その頃から急に咳が止まった。ためていたものが流れていったのかもしれない。僕と話して気が楽になって咳が止まったのだと思うが、さてその効果がどのくらいもつのか分からない。  人の心は、よいほうに向かえばとても有能な力になるが、逆の方向に進めば凶器にさえなる。僕は多くのかたの薬を作っているが、いつもこの心というものの偉大さの前にひれ伏している。懸命に心が向かうベクトルをかえようと努力するが、太刀打ちできないことも多い。直接お会いできない人には、好転に舵を切った時の喜びを共有できる幸せを励みにパソコンに向かうが、「あんたの一言」が届かないもどかしさにくじけそうになる。