外堀

 僕が牛窓に帰ってからずっと栄町ヤマト薬局を利用して下さっている方が、ガンの手術を受けた。その後体調が思うように回復しないので煎じ薬を作って渡している。その方と今日話していて教えてもらったのだが、ガンと診断されて開腹手術を受けたらしいが、2週間後に摘出された臓器に悪性の細胞がなかったことが判明したらしい。その方が残念がったことが2つある。1つは、今流行りの腎臓の摘出手術だったから、もしかしたら売れたのにと言うことと、ガンではなかったから、折角入っていたガン保険からお金が下りなかったこと。ガンではなかったのに摘出されたことには全く無関心だった。恐らく主治医を信頼しきっているのだろう。取り出したものを生検にかけないと分からないようなことを言って主治医をかばっていた。  このような話を30分くらいした。お互い笑いながら、時に楽しく、時に暗くなりながら。同じように年を重ねてきたから、体調に不安はある。その不安を払拭しようと、身につまされる話でも冗談にしてしまう。  この町には、本質を語らないで、外堀だけで会話を進めていく高度なコミュニケーション術がある。よその人は戸惑うかもしれない。主に漁師の話の進展がそれだからルーツはそこら辺りにあるのかもしれない。酒を汲み交わしながら、お互いを露骨に攻めない心配りが編み出したコミュニケーション術かもしれない。海で死んだ人を捜索するのに日当は出ない。無料奉仕で船を出し捜索に当る。暗黙のうちのルールは命を共有している職種の固い絆なのかもしれない。外堀は、口下手が多い漁師の照れ隠しの会話手段なのだ。