混在

 そうか、こうしたアプローチも混在していたんだと気が付いた。別に悪い気持ちはしなかった。むしろ今まで解せなかったことのヒントをもらった気がした。
 毎日のように相談メールが入る。多くの人は郵便番号、住所、氏名、電話番号をすべて書いてくれるが、時に名前とアドレスだけの人もいて、その次には電話番号を書いてくれている人もいる。もうちょっとと言うところで足踏みをしているのは、番地だけを空白にしている相談者だ。
 そうした方はかつて、同じように相談して何か不快な経験をしたのだろう。何かを売りつけられそうになったのかもしれない。用心深さが、今の世相を反映している。
 つい最近問診をして処方を決め、最終的な判断を待っているところに「実は興味本位で相談した」とメールで連絡があった。だから飲むことは出来ないと言うのだ。僕はそれはそれでいいと思うし最終的には経済が決定権を持つから、結果飲めないことはしばしば経験するところだ。その人みたいに言ってくれれば、数回にわたり頂いた情報は責任をもって消すことができる。
 今までもよくあることだったのだ。僕はパソコンが苦手だから、最終決断をくれなかった場合、僕のパソコンの技術不足のせいだと思っていた。ところが今回の経験のように、すべてが僕の落ち度でそうなるのではないとわかった。従来なら遠慮気味に、違う手段で連絡をいとっていたが、実は興味本位で相談したような、慰めが欲しかったような人も含まれているなら、まるで僕の大の苦手の「深追い」などしなくて済む。
 僕の薬を本当に飲んでみたい人ができるだけオープンに依頼してくれればいい。家賃ゼロ、低賃金、浪費なしの僕が、物売りになるようなことはないのだから。