上等

 今日、ポリープの病理検査の結果を聞きに行った。何となく最近たて続けに好ましくないことばかり起こっているので、今日も敢えていい結果だけを望むような心境ではなかった。どんな結果でも受け入れるつもりだった。毎日長時間働けているのだから僕は病気ではない。ただ昨日もその単語を使ったが、老化が着実に進行しているから、病気ではなく老化と考えればそんなにつらくないことを悟った。  結果はやはり老化の極みで正常でもないが癌でもない、丁度中間あたりの判断だった。もし今年薬剤師会が毎年行っている郵送による便潜血検査で出血を指摘されていなかったら、僕は決して病院には行かなかっただろう。それと何が僕をそうさせたのか分からないが、当日便を取るときに肛門が痛くなるくらいいきんだ。偶然その日に限って便が硬くなった。これは出血したなと思ったが、そしてこのまま送れば引っかかるなと思ったが、何故か面倒でその便を送った。2日目の検査では出血していなかったから、恐らくあの時肛門が切れたのだろう。あの時肛門が癒えるのを待って後日便を送っていたらきっと出血は認められなくて内視鏡検査をすることは無かっただろう。専門医に言わせれば何の意味もない郵便検診も、人を病院に向かわせるにはとても大きな意味を持つ。正に僕はそれによって、癌になるのをひとまず防いでもらえたのだから。ただし、きっと来年も再来年も、今年と同じ光景を繰り返すだろう。それももっと深刻に。何故ならあのいやらしい老化は着実に進行するのだから。  ただ今回の検査で見つけてくれた好ましからざる老化はこれだけではない。まだまだ対峙しなければならないものがある。正月明けまで待ってまたまた検査するらしい。その検査の機械が段々上等なものになっていく。病院も段々大きくなる。まるで通行人のようにそれらを眺めている自分がいる。