お国柄

 昨夜、9時頃、2階でニュースを見ていたら突然インターホンが鳴った。僕はインターホン越しに話をするのが嫌いだからすぐに降りて、駐車場から入れる事務室の戸を開けた。そこに2人のかの国の女性たちが立っていて、2人とも心配そうな顔をしていた。直感的に何かあったと思った。女性だけで暮らしているから何かよくないことが起こったのだと気を引き締めた。すると戸の陰に隠れていたのだろう6人の女性たちも同じような顔をして入って来た。合計で8人だからとりあえず全員無事は確認された。残業があったのか、寒いのか、冬用の作業着をコート代わりに着ていた。その時間帯に全員が揃って作業服と言うのも何か緊張を強いられる。  「何があったの、何かあったの?」と尋ねると、通訳が怪訝そうな顔で「おばあちゃん大丈夫ですか?」と聞いてきた。僕は、あの子たちのトラブルでないことが分かり一瞬にして緊張から解き放たれた。でも、どうして母の不調を知っていたのかと思ったら通訳が「お母さんから、メールありました。おばあちゃん病気悪いそうですね」と言ったので理由がわかった。そしてそのメールを見せてくれた。確かに妻が通訳に何かの断りの理由として母の不調を伝えているのだが、そこに言葉の壁があることが分かった。妻は母の不調を過去形で書いているのだが、通訳は現在形で捉えたのだ。いやむしろ現在進行形かもしれない。恐らくどんどん悪くなっていると訳したに違いない。全員がそれこそ通夜に来ているような顔をしていたのだから。その雰囲気をさすがの僕も壊すのに少しの時間を要した。いつものギャグでは緊張を解すことは出来なかった。  それにしてもあのそろいも揃った心配顔はどうだ。いつも明るい彼女達なのに表情を全く崩さなかった。日本語が通じないから僕の場違いな明るさが不謹慎に思えたかもしれない。頑なな気持ちを解すのに暫く時間を要したが、その後はいつものように笑顔で帰っていった。この間わずか数分の出来事が僕にはとても貴重なものに思えた。異国の見ず知らずの老人を思ってくれる気持ちが有り難い。日本人にはない光景だ。彼女達の沢山の先輩は母を何度も施設に見舞ってくれてよく知っているが、昨日の8人の内の多くはほとんど面識がない。それなのにあの真剣な眼差しは何だろう。突出した誰かがと言うのではなく全員だから、あの優しさはお国柄かもしれない。僕自身の不器用な孝行を彼女達が大いに補ってくれる。

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