視点

 思わぬ副次効果だ。老後資金を回してあげてよかったと思う。勿論金額では折り合わないが、皆が楽しそうにしている姿を見るのはそんなものには換えられない価値がある。  30人近いかの国の女性たちが、嘗て土木事務所の出先機関として使われていた建物に暮らしていた。1階は広い事務所だが、2階はかなり窮屈に2段ベッドを並べているらしい。僕は当然入っていけないから分からないが、妻が1度2階に上がらせてもらって目撃している。仕事の後、身体と心を休める場所とはとても言いがたく、自ずと皆階下のがらんとした部屋に降りてくる。隅のほうにソファーを置いているものだから、離れている人には少し声を大きくしなければならない。そんな状況の中で、遊びに行った僕に近づいてくるメンバーは決まっていた。ソファーに並んで腰掛けたり、正面のソファーに腰掛けたり、または正面のソファーの後ろ側に立つ人は、日本語が少し分かる人、底抜けに明るい人、リーダーシップを自然にとるタイプの人だった。それを少し離れた食卓から僕らの会話を聞いている人、そして階下に降りてきても遠くから挨拶だけしてくれる人と3段階に別れていた。僕は和太鼓やベートーベンなどは参加者の表を作って、満遍なく公平に楽しんでもらうようにするタイプだからコンサートのときだけ親しくなるのはイヤだった。だから意識して遠巻きにする人たちを見つけては声を掛けるようにしていた。しかし、楽しい会話、僕が喜ぶアイスクリームの接待、肩のマッサージも第一グループの人たちによるものだった。  ところが、どちらかと言うと遠巻きに見ているタイプの人ばかりが僕が用意した寮に越してきた。希望してやって来た人もいるが、会社からの距離が遠くなるという理由で来るのを渋る人がいて、もめるのが嫌で手を上げてきた人も多い。どちらかと言うと、消極的でシャイな人が多い。  色々不慣れなところが多いから、僕や妻が時々覗くようにしているが、そのシャイな女性たちが随分と変わってきた。僕が用意した寮はまるで昔の日本の家そのものだから、土間に面した部屋を居間に使っている。大きなテーブルを囲んでまるで家族が団欒するように過ごす。一人ひとりの距離が近いから親密さが増すのか、それともシャイな人たちが元気なグループから解放されたからか、明らかに変化を起こしている。今までは遠巻きにしていたのに、ジュースやアイスクリームや果物を強引に僕に食べさせるし、話したこともないのに日本語を口にしたり、僕が一番喜ぶ指圧もどきをしてくれたり、嘗て元気グループがやってくれていたことを全てやってくれる。極めつけは「日本語を教えて」と言われたことだ。おそらく今までは勉強したくても、出来る人たちの前では気が引けていたのだろう。  彼女達の生き生きした表情を見ていて、今回の僕の選択が報われたような気がした。外から見ると一見散財のように見えるかもしれないが、それに勝る化学変化が起こっている。想定外の喜びだ。恐らく漢方薬を取りに来る人たちの性格と重ね合わせて考えるから情が移るのだろう。日本人でもかの国の人でも、薬剤師として求められる視点は同じだ。僕らの職業は経済活動だけで動機付けられるものではないはずだ。

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