挙動不審

 今日はとてもうれしいことがあった。今日もと書きたいが、これ以上のことはそんなにしばしばあることではないから「は」を選んだ。  名前を言ってもらわないと相手が誰だかわからない。そのくらいこの症状の若い女性たちは似ている。声のトーンと話し方だ。電話だから姿形は想像できないが、何となく僕は同じようなイメージを抱いてしまう。共通するのはとても優しい喋り方だ。相手を傷つけない、下手をすると自分のほうが傷つきそうな雰囲気さえ伝わってくる。  最近毎日のように新しい相談者が連絡してくれるから、カルテを出さないとこんがらがるのだが、この方は職業が国家試験をクリアして士と言う称号をもらえる点において僕らと共通しているところがある。そのことが印象深くて、2度目の電話を頂いたときにもすぐに分かった。この方の相談は丁度10年に及ぶ過敏性腸症候群のガス漏れだ。恐らく必死の思いで高校を卒業し、大学を経て就職したのだろうが、社会人になると抜けることが出来ない会議などがありかなり心身ともに消耗してきた。仕事が好きなのに続けることが出来なくなりそうで、どうして僕を見つけてくれたのかわからないが相談の電話をくれた。僕にとってはごくありふれた相談だから特別難しいことはない。いつものように2週間分だけ作って送ったら、まだ1週間しか経っていないのに電話をくれた。最初治るという僕を信じることが出来なかったみたいだが、1週間で治ってしまった。全くガス漏れがなくなったみたいだ。本人はとても驚いたみたいで、不思議がっていたが、心も体も1週間前とは変わってしまった。10年、人生で一番楽しい青春期を無駄に過ごしたことを残念がっていた。僕に言わせればそれは違う。彼女にもはっきり言った。「あなたが10年間で失ったものはたいしたことがない。だけど得たものは計り知れない価値があるよ。あなたはその得たものでもっともっと社会に貢献できる。特に苦しんでいる人たちの為に」と。すると彼女は「実は自分は昔勝気で人の痛みを理解できなかった。でも過敏性腸症候群になって人の事を思うことが出来るようになった」と言った。僕は、漢方薬で元気になってくださった老若男女にこの台詞をよく使う。皮膚病でも腰痛でも、辛い思いをしなければ人の気持ちには寄り添うことは出来ない。敢えてそうした逆境に身をおくことはできないが、運悪く病気になったらそう考えて欲しいと思っている。  「人生が変わる」とも言ってくれた女性は全く新たしい生き方をするだろう。同じように歩き、同じように喋り、同じように歌っても、恐らくこれからは堂々と出来るのではないか。周りの視線を意識して挙動不審状態から解放された。過敏性腸症候群のガス漏れは治すのが簡単ではない。だけど1度人を信用してみようと思えたらかなりの確立で治る。人を信用する力を失った人が多いから、忸怩たる思いで漢方薬を作っているが、1週間で完治宣言を出してくれた女性のおかげで、僕もモチベーションを高く保てそうだ。完治の手前で足踏みしている人たちにもエールになる。  僕は善良であるがゆえに苦しむ人のお役に立ちたい。命には関係しないトラブルでも人生を殺されている若者が一杯いる。こんな田舎の薬局だからこそ出来る仕事だと思っている。