体験

 僕の薬局は牛窓中学校の目の前にある。体育館もテニスコートも何にもさえぎられずに見える。テニスコートなど朝と夕はウォーキングで私物化している。そうした景色を見ながらある男性が言った。3ヶ月くらい、2週間おきに漢方薬をとりに来ている。 「先生もこの中学校ですか?」 「そうだよ、自分も?」 「そうです。僕らのときは木造でしたが」 「僕も当然木造、と言うことは小学校も牛窓?」 「そう、東小学校」 「なんだ、それでは中学校か小学校で僕と一緒に通っていたんではないの」 「それはないでしょう。先生何年生まれですか?」 「26年」 「だったら会わないですよ。僕と14歳も違うじゃないですか」 「なんだそんなに違うのか、それでは学校で会っている筈がないな」 で終わったのだが、なんと14歳も離れていたのだ。かなり歳が近いのかと思っていた。勿論カルテには書き込んでいるのだが、まさしく先入観だ。僕と年齢が近いと信じ込んでいた。彼の生活が歳を間違えるほど老けさせたのか、彼の病気がそうさせているのか、或いは僕の人を見る目がないのか分からないが、結構失礼な間違いを犯した。もっとも彼はそんなことを気にする人ではないし、僕の薬局は気にさせる薬局でもない。お互い笑っただけだ。  この会話をしているときにある男性が入ってきた。簡単な薬だったので断ってからその男性を優先した。その男性が出て行くとすぐに彼が言った。  「アイツは〇〇でしょう。昔は悪かったんですよ」  「今も悪い。〇〇君を知っているの?」  「知ってますよ。家が近所だから。学年も近いし」  「学年が近い?そんなはずはないじゃろう。彼は僕の弟と同級生だよ」  「弟さんは何歳ですか?」  「僕より2才下」  「そんなはずはないでしょう。アイツは〇〇才のはずですよ」  「兄弟がいたんではないの?」  「そうかなあ、いたかなあ」  「自分より10歳以上、上のはずじゃあ」  どうやら彼も僕に負けず人を見る目が無いらしい。ただ僕とは逆に10歳以上も若く見てあげているから歓迎される間違いだ。社会の迷惑も考えずに御法度の裏街道を歩いてきたから悩み無しで若く見られるのだろうか。  女性の年齢を判断するのは難しいが、男性も負けていない。ある年齢からは前後10歳くらいの差ができるらしいが、その事を目の当たりに体験した一日だった。