大往生

その話を聞いて大笑いした。
 僕が牛窓に帰ってからの付き合いだからもう40年になる。もっとも父を信頼してヤマト薬局を利用してくれていた家族だから、それ以上の付き合いなのだろう。かつては交通手段が不便で、又通信販売などと言うものがなかったから、多くの人が地元の商店を利用した。牛窓中の人が分かるくらいの濃密な付き合いだったと思う。
 その彼が教えてくれたのだが、昨日の朝、いつものように畑に出かけていったお母さんが少し早めに帰ってきて、自分の部屋に入ったらしい。朝食を食べないから奥さんがふすまを開けてみてみるとゴーゴーいびきをかいて寝ていたらしい。起こしてはいけないので昼まで寝かせておいて、又見に行った。そこでも同じように大きないびきをかいて寝ていたのでそっとしておいたらしい。さすがに食事を摂らないので心配になり3度目に見に行ったのが午後の3時。やはりそこでもゴーゴーいびきをかいて寝ていたのだが、奥さんは異変を感じた。すぐにご主人も呼ばれて目を覚まさせるべく体を動かしても反応が全くなかった。とりあえず主治医に連絡をとったが、その指示に従い救急車で岡山の病院に運ばれたらしい。
 救急車より少し遅れて到着したご夫婦に、亡くなったことが知らされたのだが、その顛末を聞いていて僕は日付が分からなくなっていた。と言うか、妻も娘もなんだか狐につままれたような錯覚に陥っていた。と言うのは前日この男性は薬局に処方箋を持って薬を取りに来たように思うし、亡くなったお母さんは、90歳を十分すぎているのにバイクで飛び回っているのだが、昨日かおととい目撃していたのだ。
 となれば見事と言うほかはない。後家の頑張りで男勝りで気が強く、言葉や振る舞いはいたって粗雑。嫁がかわいそうと誰もが思うが、そのお嫁さんがとてもとてもできた人で、上手くお母さんの攻撃をかわす。決して姑の悪口を言わず、いつも冗談話に転嫁していた。
 「すごいな、大往生じゃ!」と僕は心から感激。男性は「急におらんよぷになったから、後の始末が大変」と言いながら満足そうな表情をしていた。それはそうだろう、わずか数時間、ゴーゴー眠ったまま逝ってしまったのだから。これに勝るものはない。「これで家の中が静かになるな」「家どころか牛窓中が静かになる」「牛窓の名物おばさんがおらんようになった(いなくなった)」と後は言いたい放題。