地道

 オリンピックの体操金メダリストを呼び捨てに出来る友人がいる。何処の時点で知り合ったのか知らないが、彼自身も中京大学で体操を専門にやっていたから、同郷の人間として接点はあったのだろう。ただその栄光はもう40年位前のことだから、そのオリンピック選手も彼自身もかなりの歳になっている。オリンピック選手のほうはタレントとして活躍しているから時にテレビで見かけるが、さすがに最近はあまり出番が無くなったみたいであまり見かけなくなった。  金メダリストを呼び捨てに出来る彼は、最近肩が痛い。昔のハードな練習の無理がたたっているのか、若いときの交通事故の後遺症か、或いは乱れた生活のせいか、肩が上がらずに困っている。そんな彼が地元の先生にかかった。よく知っている先生で、冗談が好きな先生だ。その先生が「〇〇君、あんたの方が治し方はよく知っているじゃろう。昔体操部で習わなかった?」と言って痛み止めだけくれたらしい。次に、僕の息子が勤めている隣町の病院に行って院長に診てもらったらしい。友人は先生に自分の症状を説明したらしいのだが大胸筋に、三角筋に、上腕二頭筋にと筋肉の名称が次から次に出てくるから、先生が「お宅は何をされている方なんですか?」と尋ねたらしい。答えると「さすがによく知っていますね。運動をよくしてください」と言って痛み止めだけくれたらしい。  その彼がやって来たのは、以前腰が痛いときに僕が分けてあげた痛み止めがよく効いて、その薬のことを思い出したからだ。「〇〇君、二人の先生が遠慮するくらい体操を極めているのだから、自分でリハビリをやったらいいじゃないの」と僕が言うと「運動なんかするもんか。たいぎなのに。自分でもどうしたら首や肩が楽になるかわかっとんよ。わかっとるけど、めんどうなんじゃ。だから大和君又薬ちょうだい」と笑いながら答えた。僕はいいチャンスだと思って「どうやったら肩こりが治るの?」と尋ねてみた。するとほろ酔い加減の彼は、昔取った杵柄で実演して見せてくれた。昔取った杵柄はなんとなく理解できるが、昔の筋肉は全くなく、おまけにタバコで脂肪まで削っているから哀れなものだ。国体に何度も出ている人間でも、運動をやめてタバコを吸い酒でカロリーを補給するような生活をしていればここまで、衰えるのかと思った。嘗て逆立ちで階段を上り下りしていたヒーローも、杖で上り下りする一歩手前に見える。  あんな体操のプロがちょっとした運動でも面倒なのだと再認識した。薬局内で、僕は推奨する運動を実演することが多いが、実行している人は果たしてどのくらいいるのだろうか。時に熱心に継続してくれる人はそれなりの結果を出しているが、多くの人は聞くだけなのだろうか。  何事も地道と言うのは難しい。僕も大いにその傾向がある。忍耐強くリハビリをするより1錠飲めば楽になるのならその方を選ぶのも人情だ。ただそれがエスカレートしてアメリカのように鎮痛剤中毒患者がうようよいるようになってはかなわない。患者の人格破壊が企業に富をもたらす。人を殺して企業が儲ける兵器と同じだ。