熱中症

 彼は本当に僕と真逆だから、顔は悪い、学はない、知性はない。その上色は黒いし、品はないし、肥満だし。最悪はタバコを2箱吸うし、コーヒーは10杯以上飲む。極めつけは、会社の社長で沢山の職員を雇っているし、ゴルフにクラシックギターにトランペットにオートバイに釣りにと趣味は豊富だ。  そんな彼が昨日慌てて電話をしてきた。ある現場で2人が熱中症にかかり救急車で搬送されたって言うのだ。今の現場には30人以上いるらしいのだが、それこそ太陽の直射を受けながら高い湿度の中で働いているらしい。そこで彼が何とか職員を熱中症から守りたいというのだ。彼や彼の家族を漢方薬で世話しているから、すぐに漢方薬を思い浮かべてくれたのだろう。漢方薬熱中症を防げないかと言う。  漢方薬熱中症を防ぐものはある。「30人が毎日飲んだら・・・・分からんけど、300回分くらい作って!職員に飲ませるから」なんとも大雑把な話だが、気持ちだけはよく伝わってくる。冒頭に書いたように、あんな人間なのに、人の面倒をとてもよく見る。ここもまた僕と真逆だ。鬼みたいな顔をしているのにとても優しい。  「職員に取りに行かせるから作っておいて」と電話を切ってから10分くらいしてもう一度電話をしてきた。漢方薬熱中症を防ぐことができると聞いてインターネットで調べたらしい。「牛黄というものが熱中症にいいらしいけど、ある?」当然あるけれど、牛黄を飲ませるタイミングは救急車を呼ぶ段階だから、牛黄を熱中症に売る勇気はないと断った。まして30人に、毎日飲ませていたら、僕はそれで車が買える。インターネットの世界がどんな世界か知らないが、僕の漢方薬なら、体調不良のときや、なんとなくおかしいという段階で飲むとかなり役に立てる。そして当然1回分が100円だから、社員にふんだんに飲ませられる。彼の善意を、社員を思う心をお金儲けには使えない。ここも真逆だ。  屈強な男達が熱中症で運ばれる、そんなことが起こるくらい地球は変わってきたのだ。数字で言うと少しばかり平均気温は上がっているが、人間の体にとっては恐らく未知の領域なのだろう。過去の常識を破壊するのは権力を求める人間達の常套手段だが、自然相手では打つ手がないみたいだ。いや打つ気がないのか。手と気では大違いだ。