表紙

 「急に怒り出すんですよ」
 なるほどそれであんなにナーバスになっていたのだ。
 昨日処方箋をカウンターに置いて「また取りに来ます」と言ってすぐに出て行った。言った通り、今日処方箋を取りに来たのだが、今日も又、奥さんはそわそわして、窓ガラス越しに駐車場の車に何度も目をやった。車の中まで見えなかったが、恐らくご主人が乗っているのだ。
 昨日処方箋を受け取ったときに、見慣れない薬が加えられていて、何の目的で処方されているのだろうと気になっていた。患者さんとも奥さんとも親しいので尋ねてみると、冒頭の「急に怒り出す」ためらしい。確かに興奮を抑える薬だ。
 ただし僕が知っているご主人はこんな薬とは縁遠い人だ。むしろ対極にあると言ってもいいくらいだ。まじめに商売に勤しみ、牛窓みたいな小さな町で、引退するまでお店は重宝されてきた。僕もその分野は完全に一択でそのお店に任せていた。
 ところがさすがに数年前から、体調不良になり、色々な科の処方箋を持ってやってくるようになって、その挙句店も閉めた。元々まじめな方で仕事オンリーだったから、辞めてから何かに打ち込んでいるような様子はなく、ウォーキング姿を見かける程度だった。その後急速に痴呆が進んだのも処方箋の内容で分かった。
 「片時も目が離せない」状態ってどのくらい伴侶に負担なのだろう。おとなしいけれどしっかりしている奥さんが、不満を人前で吐露するようなことはないが、相当のストレスだと思う。いずれどのルートを通って最期を迎えるか誰にも分からないが、このルートはかなりしんどいのではないか。怒りを制御できない伴侶の姿は、それ以前の記憶を駆逐し、それこそが思い出の表紙になってしまうかもしれない。いずれ思い出すのは、怒りに満ちたご主人の顔、なんてことになったら悲しすぎる。
 本人にとっては苦痛なき終わり方かもしれないが、片時も目が離せない介護者にとっては、壮絶な日々。決して一人で背負わないように。プロの力を借りて!

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