判断

 根っから都会の方は想像がつかないだろうが、僕が薬局を閉める午後6時半には、もう日が落ちてしまって辺りは暗闇だ。街灯もあまりないから、ほとんど真っ暗。いかに田舎でも、車でないと移動はまずしないと思う。暗い上に最近は猪が県道まで下りてくるから、徒歩での外出はほとんど命がけになる。
 閉店10分くらい前に、女性が飛び込んできた。ニュースになる「車が飛び込んできた」のではなく、女性が飛び込んできた。お腹を押さえて「胃が痛い」と訴えた。お腹を押さえられて胃が痛いと言われたら、判断に迷う。正しい位置を指すように言ったら確かに胃の反応点辺りを指したから、胃が痛いのだと認識した。2時間くらい前に胃が痛くなって、病院でいただいている薬を飲んだけれど効かないと言う。聞くと胃酸をかなり抑える薬で、効かないはずがないくらいよく効く薬。それを飲んでいるのに「僕は、何をしたらいいんじゃあ?」と尋ねると、「あの薬を飲んでいても飲める薬ない?」とより痛そうな素振りをする。
 もう30年以上僕の薬局を利用してくれている女性だから、そんな無理でも通ることを知っている。漢方薬なら併用できることも知り尽くしているから、そして僕が泣き落としに弱いことも知っているから、演技にも磨きがかかる。
 仕方ないから僕は1日分を作った。どうせ、胃酸のいたずらだから、それを念頭に、現代薬とは別のルートで痛みを取る漢方薬を作った。どうせなら今飲んでいる現代薬と併用して相乗効果を狙えばいい。1日分だから400円。
 翌日、お嬢さんの処方箋の薬を取りに来た時に「昨日ありがとう。痛みがめちゃくちゃ治った。来といてよかった」と言うから、「来られといてよかった、昨日のは実験で作ったんじゃあ」と答えておいた。
 僕の先生は、30年間ほとんど理論的な話は講義でされなかった。関西人らしく、冗談をふんだんに盛り込みながらのお話で、僕達は笑いながら先生の知識を頂いた。
 先生の晩年には漢方の世界もがらりと変わって、僕なんかではとてもついて行けないような理論家の先生ばかりになった。そうした先生方の勉強会に参加しても、1割も僕の能力では理解できない。
 ただ、そこに出てくる処方では、昨夜の女性のように「1日分作って」と言うような方には対処できないのではないかと思う。泥臭く、どうすればお役に立てれるかを考え、薬局製剤と言う薬局だけに与えられた武器を使って1日分作る。
亡き先生に感謝だ。

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