智頭急行

 ややこしい、本当にややこしい。
 智頭急行を利用するのは2回目なのだが、前回と数年空いたせいで、ほとんど初めてのようなものだった。肝心のことは思い出さずに、行くのに難儀した。それでも多くの親切な方に助けられて、無事、帰国間近のベトナム人たちに最後の思い出を作ってあげることが出来た。おそらくもう一生雪景色など見ることはないだろうから、初めての雪で最後の雪なのかもしれない。だからいつにもましてお礼の言葉を何度も繰り返してくれた。ただ僕としてはこちらこそお礼を言いたい。冷たい雨に打たれながら懸命にお墓掃除をしてくれた、ただその一つだけの事例をもってしても、いくら尽くしても僕の気持ちを満たすことはない。何倍も僕がお世話になっているのだ。幼いころ隣人に自然に頂いていた好意を20年近く順繰りに再現し続けてくれたのだから。バトンは何回も手渡されたが、ほとんどの走者が、僕を大切にしてくれた。
 上郡駅で智頭までの切符を買おうとしたのだが、JRの切符の自動販売機に智頭の駅名が出てこない。何回か繰り返したが、なぜか出てこない。後ろに並んでいた男性が、見かねて挑戦してくれた。それでも出てこない。
 偶然だが今日はかなりの時間の余裕を持って牛窓を出ていたから、その余裕時間がなかったら乗り遅れただろう。到着してすぐ駐車場を教えてもらった駅前の観光案内所まで戻り切符が買えないというと、智頭は智頭急行のエリアだからJRでは切符を買えないと教えてくれた。ほとんど何の施設か分からないようなこじんまりとした建物がJR駅の隅っこにあり、そこが智頭急行の改札口と教えてくれた。京都から鳥取県の倉吉まで延びるJRの一部が、智頭急行と言う会社に任されているから、初心者にはかなりの難関だ。
 皆を急かしてその建物に行くと、確かに改札口があった。と言っても人がすれ違えないような通路だが。そして切符はと言うと、切符売り場みたいな小さな部屋があり、戸がきっちりしまっているから中をのぞいて人がいることを確かめてノックした。すると若い女性が、智頭への行き方を教えてくれた。あとで分かったのだがその女性は車掌さんで、僕らと一緒に乗り込んだ。
 切符売り場の方が、1日自由に乗れる切符をくれたので、帰りの切符代は無料だった。大いに助かり、その金額に見合う昼食をベトナム人たちにごちそうできた。
 智頭に着く頃から雲行きが怪しくなり、駅に降り立った時にはあるニュースの映像が頭をよぎった。数年前に、大雪で大渋滞を起こし、住民が炊き出しやトイレを貸してドライバーを助けたという話だ。まさにその現場で雪が舞い始めたのだ。だから駅前のこれまた観光施設に入るや否やの一声が「帰りの電車が立ち往生するようなことはないですか?」だった。地元の人に聞くのが一番だ。牛窓の海が荒れるかどうかも漁師に聞けばほぼわかる。山も同じではないかと思ったのだ。
 3人職員の方がおられたが、それぞれの勘が一致して「大丈夫」だったので安心して3時間雪を楽しむことが出来た。
 天候もあるのだろうが、町中で車にもほとんどすれ違わなかったし、まして人ともほとんど会わなかった。雪景色の智頭の町を独占したようなものだ。海辺の田舎町で暮らしている僕は、とても親近感を覚えた。こんな山奥で営々と暮らしている人たちでこの国は守られている。そう思わずにはおれない。こんなにおいしい空気は、彼らなしにはあり得ないのだ。雪解け水が激しく流れる水路や小川の恩恵も遠く南の大都会に暮らす人たちに及ぶ。
 感謝を知らずに季節が巡る。生かされていることを知らず、だからこそ感謝もせず、季節は巡る。

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