神々しい

 確か1週間、長くても10日前くらいだろう。大きな鉢が劣化して割れてしまった。観葉植物と言うより、細長い密集した葉っぱがただ茂っているだけの汚いものだったが、母がこの薬局を新築した時に家の隅に置いておくようにと妻にくれたものらしい。いわゆる魔除けだ。効果があったのかどうかは自信がない。30年以上たったがすべてが整った幸せな家庭ではないから。母は何を期待してくれたのか、いやいや昔の人が何を期待してそのようなことを言い伝えてきたのか知らないが、少なくとも火事や自然災害にはあわなかったから、その点では確かにご利益はあったのか。
 その鉢の植物は本当はどうでもよかったのだが、妻が大切なものだからと他の鉢に植え替えた。すると小さな鉢数個分の土が余ったので、土だけを違う鉢に移した。そして今日偶然その鉢を見る機会があったのだが、なんとその鉢の真ん中あたりに、まるで何かを植えられた如く小さな植物が出てきていた。実際に何かを植えたのだと思ったのだが、妻はそんなことはしていないと言う。何かの種が残っていて、あるいは飛んできてそこに命を宿らせたのか。なんていう生命力なのだろう。
 毎日よく歩くから、そしておおむね僕の人生と同じようにうつむいて歩くから、ここかしこに草が生えているのに気が付く。こんなところに土があるのと言うようなところにまで緑が覆う。それこそなんて言う生命力だろう。自治体に金がいないから、いたるところで交通に危険なくらい草が生えているが、こうして普段目にはつかないような狭小なところにまで命を宿す。草は抜くもの、踏みつけるもの。そんなことをしてはいけないくらい本当は神々しいものなのかもしれない。僕には動物と同じような意思があったり感情があったりするように最近は見えてしまうのだ。