黒島

 若干、尾篭な話になるかもしれない。  もし今僕に夢のような大金が入ったら、船を買って遊覧、或いは海上タクシーをやりたい。海の仕事で採算が取れるとは思わないが、あるといいなと夢想している。お金もさることながら、船を動かす免許も知識もないから、仮に宝くじに2回当たったとしても実現できないのだが。  そんな時、前島フェリーのスタッフが買い物にやって来て、それに近いことを始めたと教えてくれた。僕は以前から、こんなものがあるといいと言いつづけてきたのだが、やっと実現した・・・みたいだ。と言うのは話を聞いているとまだまだ発展途上で、ずっとこのまま発展途上のような気がした。僕みたいな夢想ならいいが、彼らはそうは行かない。経営に貢献してくれなければ意味がないだろう。二の足を踏むのはよく分かる。二の足どころか、話を聞いているとムカデの足くらい踏んでいる。  僕が、黒島にカフェを作って、それより先にトイレもと頼んだのを受けて、彼があるエピソードを教えてくれた。先日、干潮にあわせて黒島と青島の間に現れる砂浜、通称ビーナスロードを見に来ていたあるお父さんが、突然お腹を押さえだしたのだそうだ。一緒に砂浜に上がっていた船員が尋ねると大便を催したそうだ。紙がないかと尋ねられたのだが船員は持っていなかった。そこでエンジンなどを掃除するために備えていた布着れ、通称ウエスを渡すと、これでもいいと木の陰に走って行ったそうだ。そして程なくスッキリした顔で帰って来たらしい。トイレは島では一番に備え付けなければならない設備だ。エピソードとしては面白いが、本人にとっては地獄だっただろう。  田舎の小さな公社ではお金がないから何も出来ない。資源には富んでいるのだが、それを作品に仕上げて表現できない。ジレンマを抱えながらこちら(僕)のほうが持たなくなった。この町に対しては何も残すことができなかった。忸怩たる思いに駆られることもあるが、そもそもそんな器でないことはよく分かっている。一隅を照らすとよく言われるが、町のことで言えば、わずかの隅も照らせなかったことは確かだ。