奈義町

 興味がないから当然知識もない。尋ねられても答えにならない。ただし、頼まれれば俄然ハッスルする。  インターネットで調べようと思ったが、その種の公演を見ることが出来るのは大都会だろう。それも京都とか大阪が似合いそうだ。テレビで見るときも確かに背景はどちらか、或いは東京だ。1つだけ例外は金比羅何とやらでローカルニュースで見たことがある。京都や大阪の地名を入れて検索すると正にその女性から頼まれたものにフィットする。ただうかつだったがチケットがべらぼうに高い。1人分で和太鼓なら下手をすれば20人、第九なら6人くらい連れて行けそうだ。  それでは経済的に無理だから岡山県で検索してみた。すると市民会館レベルの大きな会場に有名な役者が来て公演をすることが分かった。ただ、そこでも又かなりチケットが高額なので諦めた。ところが、同じキーワードでいわゆる農村歌舞伎がヒットした。県北の奈義町にあるらしく、歴史もあるし、そもそも衣装が自前であることをアピールしていた。僕はその点が大切なのかどうかは分からないが、有名な役者の舞台もいいが、歌舞伎の原点ともいえるものを見せてあげれば喜ぶのではないかと思った。そもそも僕に歌舞伎について尋ねたのは、牛窓ではない工場の通訳だった。実習生の通訳として偶然知り合ったのだが、来日に当たってとてもよく日本について勉強していた。ただ来日して2年間のうちでどれだけのことを経験したのか尋ねたら、牛窓工場の子達のほうがはるかに沢山のことを経験していた。そこでいつものようにでしゃばって日本の文化について知りたいことがあるかと尋ねたのだ。  運のいいことに、奈義町の歌舞伎公演は無料だった。ただ、その町はいわゆる県北で、最南端の牛窓からだとまっすぐ北上して2時間以上。他所の工場の通訳を連れて行こうと思えば、三角形の二辺をとおらなければならなくなるから3時間近くかかるのではないかと思う。とすれば往復では6時間だ。僕の運転能力をはるかに越えてしまう。  ほどほどの場所で、ほどほどの値段で、ほどほどの演目をやるような、いわゆる庶民にも手が届くような舞台はないのか。新幹線で行かなければならないような場所で、驚くような値段で、聞いたこともない演目で、庶民には手も出ないような舞台が、日本文化を代表するようなものなら、僕は躊躇う。命がけで県北に行くか、金がけで京都に行くか。