立つ瀬

 よほど、人望が厚い先生なのだろう。午前中自院で診察をし、午後ある婦人集会で講演をし、夜は学術会議に出席した。普段はプールに通って健康にも気をつけているから、この程度のスケジュールは難なくこなせて、むしろ充実感で満たされていたそうだ。日曜日に、岡山市からちょっと足を伸ばし、三角形の2辺のような帰り方をするだけで疲れる僕とは大違いだ。もっともそれ以前に肩書きをはじめ、能力からして大違いなのだが。  その医師が、翌日目が覚めたら、かなり咳き込む状態になっていた。さすがに漢方薬をたしなむお医者さんだけあって、良いチャンスとばかり自分で漢方薬を飲んで治すことにしたらしい。まず最初は参蘇飲、ちょっと効いたが期待したほどでもない。濃い痰が出始めたから肺炎だと思い清肺湯。これも効かないから初心に帰って葛根湯、当然タイミング的にも効かないから、こじらせたと思って柴胡桂枝湯。それでも効かないから喘息かと思って五虎湯や麦門湯、滋陰至宝湯、滋陰降火湯、挙句の果ては柴陥湯に竹如温胆湯。それに加えて麦門湯。  もうこうなれば御自分でも言っているが、「手当たりしだい」状態だ。1ヶ月何とか頑張ったが一向に改善しなくて、結局は友人の呼吸器を専門にするお医者さんに診て貰ったらしい。するとマイコプラズマ肺炎だと分かり、マクロライド抗生物質で嘘のように治ったらしい。先生は謙遜だと思うが「漢方馬鹿につける薬は無い。我流漢方の屁理屈の敗北」と言っている。  自分の病気は治せない。これは医者の間でも通説らしい。だから自分で自分を診察しても保険で医療費は払われないらしい。それはそうだろう自作自演も行われるだろうし、この例のように客観的な判断も出来ない。  この先生は、加齢のせいで免疫が落ちたことを最大の理由に挙げている。いくら医者でも、老化には勝てないし病気もする。手当たりしだいのうち2つくらいは的を射ているかなと思うが、残りは正に手当たりしだいだ。自分相手だから許されるが他人様には出来ない。僕などよりはるかに地位のある人が、面白おかしく自虐的に体験談を書いていてくれ、読んで救われた。非の打ち所が無い、遠く及ばない・・・・僕ら程度の人間にも、せめて立つ瀬くらいは残しておいて欲しいから。