希望

 受験の季節になると毎年、緊張して試験場で力を出し切れないから漢方薬を作ってくれという依頼を数件受ける。ただ今日のように就活を理由に依頼を受けたのは初めてだ。ただ、過敏性腸症候群が治った人だから本来的な繊細さは持っている人だ。  それこそ、久しぶりに真剣な顔でやってきたから何事かと思ったら「就職試験の面接の練習をこのところずっとしているのですが、緊張して頭痛がして頭が真っ白になるんです」と言った。手に汗を握り、手も少し震え胸も痛いらしい。聞いているこちらのほうが胸が痛くなりそうだが、僕らの時代とは大分様相が違ってきていることは報道などで知っているから、めずらしい依頼にも応えられなければならない。処方はすぐに浮かぶから、とりあえず僕に相談に来るのも緊張しているような力みを何とか解放しようと僕の体験談を教えてあげた。  僕はネクタイを結ぶことが出来ないし、朝早く自力で起きることが出来ないから、面接前夜に後輩を集めて徹夜でマージャンをした。夜も白み始めた頃後輩にネクタイを結んでもらって、アパートから岐阜駅まで始発のバスで行って、その後東海道線で京都まで行った。道中は覚えていないが、会社の玄関からの風景と、社員食堂での物色されるような視線を覚えている。丁度40年前のことだ。そして鮮明に覚えているのが、他所から来た大学生と一緒に面接をする部屋に入った時に、中年の男性が僕のところにすぐに寄って来て言った言葉だ。「君、ネクタイがゆがんでいるよ」  彼女が来週受ける企業は厳しいことで有名ならしい。僕は身だしなみや礼儀に厳しいのはとてもいいことだと思う。給料をもらいながら鍛えられるなんて幸せなことだ。彼女自身、そういった社風に合っていると思うが、面接のときの過剰な緊張は確かにハンディーかもしれない。だから僕は思いきって自分の素を見せたらどうかと助言した。出来もしない、身についてもいないことを、借りてきたような言葉で表現するのは無理だ。ありのままの自分を、日常の言葉遣いで表現すればいいと思う。一か八かの勝負にでたらと助言したのだ。「ここの会社に入れたらええでがす。まんずまんずありがてえでいかんわ。給料はそこそこでいいずら。ばってん、はよう帰してちょ」  他にも色々話したが、次第に表情が緩んでくれた。同じシュウカツでも、彼女のは僕と違ってまだ希望がある。