飼い犬

 クウクウ、あるいはキュウキュウ、そんな音が数分おきにしていたが、何の音か気がつかなかった。台所の戸を閉めてニュースを見ていたからテレビの音かとも思った。そして最後にその音が階段の方からしていることに気が付いて、扉のガラス越しに目を凝らすと、モコと目が合った。  事務室の電源を落として2階に上がって夜のニュースを見ていたのだが、モコが階下に下ろされていたのに気が付かなかった。事務室の隅で時々居眠りをしているが、僕がそれに気づかず、モコも僕が上がったことに気が付かず、大分時間が経ってから上がってきたのだ。ところがモコはもう13歳で、人間で言うと70歳を越したおばあさんだから、階段の最後の段が上がれずに身動き取れなかったのだ。どういう理由か知らないが、最後の段だけが数センチ高くて、いつの頃からその一段だけ上がれなくなっていた。悲しそうな泣き声を遠慮がちに出すだけで、吠えて僕を呼ぶようなことはしない。そのことが哀れで急いで僕は戸を開け階段を数段下りてモコを抱えて廊下に下ろしてやった。ミニチュアダックスだからそもそも階段を1人?で上がり下ろしさせないほうがいいらしいが、まだ若いつもりか結構自分で降りてきたりする。  この1年くらい耳は完全に聞こえなくなった。目はまだ随分と見えているような気がする。お腹に腫瘍がいくつもあり、見た目はグロテクスだが意外と元気だ。幸運にも体調不良はない。ただ、犬種がそうさせているのか、老犬になっても赤ちゃんのようなものだから、生理的な衰えと外見が結びつかない。13年前と外見は同じなのだ。だから分かってあげられていないところがあるのではないかと、昨夜の経験が問いかけてきた。まるで幼子のように皆から愛され、大切にされてはいるが、どこかこちらに落ち度があるのではないかと問われたような気がする。より老いていずれ別れが来る。幼い風貌にそれは似合わないが、現実を受け止めなければならない瞬間が確実に近づいている。死のみ絶対を、永遠を保証できる唯一のもの。飼い犬に噛まれるのではなく、飼い犬に教えられる。