間一髪

 「あんたの方が『やっすいス』」とちょっと離れていたところで炊事をしていた妻が言った。テレビ画面を見ていたのではないが耳に入ったのだろう、インタビューに答えていた青年の揚げ足を取っていた。  何が安くなるのかよく分からなかったが、ニュース番組でLINEによる通話料金が4000円~5000円くらい安くなってインタビューに答えていた青年が歓迎のコメントを述べていたのだが、その「やっすいス」が僕同様に耳障りだったのだと思う。間一髪いれずに出た妻の冗談が、間一髪僕より早かったので分かる。僕も妻と同じことを感じたから。  若者言葉を使えなくなったからか、若者言葉を使うタイミングが気になり始めた。若者言葉から現代語に昇格するのは、いつの時代でもそうだったのだろうと想像に難くないが、その過渡期にはいつも戸惑う世代があったこともまた想像に難くない。僕はかの国の人たちと話をすることが多いせいか、きれいな日本語を話すようにこの数年は心がけてきた。彼女達が正に若者言葉を使った瞬間、彼女達に抱いている印象がもろくも瓦解するのを何度も経験したのだ。彼女達の多くが備えている愛すべき純情が、ちょっとした言葉遣いのせいで少し濁って見えることがある。  インタビューに答えた彼の職場に行き、同じ質問をして同じ返事をするなら「やっすいス」と言う返事をするだろうか。普段着と正装を旨く着こなす人、普段着のままの人、それぞれがあっていいと思うが、せめて「このタイミングでは使うな」をもう少し求めていいのではないかと思っている。