「教えてあげたら採りに行きますか?」と親切に言ってくれたのだが、僕は即座に断った。もともと何十年も口にしていないのだから今更食べなくてもどうってことはない。その寛容さにだけ感謝した。  すぐ痛みが止まる薬をくださいとその女性は要求した。ただ、その種の要求にすぐに出すことが出来る薬も持っていないし、何か裏があると思ったので腰をかけてもらって雑談を始めた。そもそも僕の息子が書いた処方箋を持ってきているし、腰痛は4割がた軽快している事も知っていた。それなのに、急に痛みが止まる薬を僕に要求するのがなんとなく不自然だ。その種の薬なら病院の方が効く薬を持っているし。  そこで、何故又急に痛みが増したのと尋ねると、山に登ったからだと言う。そして又登りたいと言う。それなら痛み止めを飲んで又山登りをしてもらっては困るから、薬は出さないと断った。以前他の病院でリリカと言う痛み止めを出されて、かなり不都合な症状で困ったらしいから、あえて病院でその種の薬を要求しないことにしていることも分かった。痛みを抑えてでも山に登りたいことに、少し疑念を持ったのでそこの点を詳しく教えてもらうことにした。と言うより、本来楽天的でお喋りが好きなその女性は1人で喋り始めた。で、その内容は、山にマツタケを採りに行くのが楽しみで、休みたくないそうだ。僕はマツタケといえば北朝鮮くらいしか産地を知らないので、北朝鮮まで行くのと言うと、家の近所の山に採りに行くと言った。僕の北朝鮮は冗談だが、その女性の近所の山も冗談だと思った。彼女の住むところは岡山県の最南端で、瀬戸内海の風景とマツタケはどうも結びつかない。しかし、真顔で話している。大好きなボーリングの大会のときなど、マツタケご飯の弁当を10数人分の作って持っていってあげるなどと話してくれた。料理が得意な人で、詳しく作り方を教えてくれたが、教える人間を間違っていることは僕が一番知っている。何の興味も持てず、料理講習の時間はスルーした。  僕が近くでマツタケが採れる事に「すごい、すごい」を連発するものだから、携帯電話で採ったマツタケの写真を見せてくれて、それは女性の手首から指先まである大きなものばかりだったが、「先生、教えてあげるから採りにいく?」と誘ってくれたのだ。こんな貴重なものが採れる所を他人に教えるってことが考えられなかったので、よほど心が広い人と感心したが、ひょっとしたら僕が決してそのようなことをしない人間だと見透かしているかもしれない。  「僕は面倒だから採りには行かないけれど、持ってくるものは拒まないよ」と言いたかったが、そんなことを言うと本当にしそうな人だから、ぐっと言葉を呑んだ。