サロンパス

 普通の鎮痛薬では効かない人に、ある特殊な鎮静薬が使われることがある。ペインクリニックの専門医がわざわざ病院に来てくれて診察した結果、肋間神経痛だと診断してそう言った薬を処方してくれたそうだ。数日前までは、主治医に裂孔ヘルニアだと診断され、鎮痛薬が功を奏せずモルフィネの貼り薬を処方されていたのだが。 僕が訪ねた時も辛そうな顔をしていた。今日は初めてみぞおち辺りが痛むと言っていた。色々話しているうちに胃の痛みではないかと思った。診察に来た医師にも伝えたと言うから、何か策を講じてくれるのかと思ったが、何らその後連絡がないらしい。ガンで数回入院しているがその時はこんなに落ち込んではいなかった。痛みがどれほど人の心を落ち込ませるか良く分かる。本来は良く笑いよく喋る人だから。  本人ももう何処が悪いのか分からないと言っていた。僕も話を聞いているうちに、確かに肋間神経の症状はあるけれど、それだけではないような気もした。医師の側も結局は、薬から判断すると症状を絞り込めていないみたいで、結局は2人の診断の薬がそのまま出ている。ペインクリニックの医師は裂孔ヘルニアではないと診断したのだが。地方都市の病院だから専門医はいないみたいで、近いから便利と言うだけで入院したことが悔やまれる。  なるべく話をして心が病気に集中するのを少しでも防いであげようとしたが、どうしても薬や症状の話になってしまう。そこへ娘が入ってきた。僕より数歳年上だが、天性の明るさを持っている人で、陽気の固まりみたいな人だ。心の底から笑う声に誰もがつられて一緒に笑ってしまうような人だ。近所で起こっていることなど、それこそたわいもない日常の風景なのだが、着替えを持ってきた袋から溢れんばかりに機関銃のように話題が飛び出す。病人には禁句のような話題も次から次へと出てきて、実の母娘だから許されるのだろうなと感心しながら、その雰囲気に誘い込まれていた。僕は疲労気味で早く帰りたかったが、おいとまを言うような隙はなく、喋り疲れるまで待っていた。  やっと見つけたタイミングを逃すまいと帰りを告げると、「痛みを忘れている」と言った。ある姿勢以外激痛がして、苦痛を訴え続けていた2週間、かなりの鎮痛薬を試され、結局はモルフィネしか痛みを減じることが出来なかったのに、今楽しい娘の話を聞いていただけで(勿論最初は相づちを打つだけだったが、途中からは確かに話をしていた)痛みを忘れることが出来たのだ。その効果がどのくらい持続するのか分からないが、人の心は不思議なものだと思う。楽しい心の状態でいたら、痛みの成分さへ消すことが出来るものが分泌されてくるのだろうか。逆に、落ちた心なら痛みを増強してしまうのだろうか。  体感的には良く分かる。数年前バレーボールを止めて、もう楽しいことなんかほとんどなくなったから痛みに関する訴えが明らかに自分でも増えた。筋肉はそれこそがちがちで、骨格を補うことすら出来ない。身体の悲鳴と心の悲鳴のどちらが先なのかは分からないが、陽気には縁遠いから、これからもますます痛みに悩まされそうだ。ああ、心に貼るサロンパスが欲しい。