潔癖症

もうずいぶん前、それこそ漢方薬を勉強し始めた頃このようなことをしたことがあるが、それ以来少なくとも30年以上記憶にない。どうしても薬を飲まない人には家族の同意の下こんなこともありだ。初めてそうした手段に出たときは、アル中の御主人を何とか立ち直らせようと言うことで、奥さんに味噌汁の中に犀角の煎じ薬を混ぜてもらった。御主人は気がつかずに飲んだが、なにぶん犀角が高すぎて継続できなかった。もっとも今になって思えばそもそも犀角がアル中に効くとは思えないが、当時は教えてもらった処方に小躍りして試したものだ。  今回は強度の潔癖症の息子さんが対象だ。70歳を十分過ぎた夫婦の息子さんだ。ある理由で10数年前に潔癖症を発症し、今ではトイレも手洗いも風呂も2時間を要するらしい。そのため外出も出来ずに、苦しんでいる。相談に来てくれたのだが勿論本人は来ない。薬も飲まない。本人にその気がないのだから薬が効くはずがないと思って最初は断ったのだが、老夫婦の気苦労が余りにも哀れだったので、かつて一度だけ試みた方法でやってみようと思った。何か食べ物に内緒で混ぜるって方法だ。お母さんに漢方薬をなめてもらって、これなら何とかごまかせそうと言う感触を得たので挑戦してもらうことにした。最初は3日分だけ渡した。1回分を何回かに分けて恐る恐る飲ませたらしいが、翌日からは1回で飲むべき量を味噌汁に入れて飲ませたらしい。すると気がつかないことが分かったので、2回目に来たときは1週間分持って帰ってもらった。そして今日又、薬を取りに来たときに、トイレや手洗いが30分くらいで終わっていると教えてくれた。そしてなんと、ぼそぼそと会話もするようになったらしい。これには御両親も喜んで、御両親の顔つきが全く変わってきた。苦渋に満ちた様子で最初に相談に来たが、今は笑顔がこぼれるようになった。  「効くと思わないと薬は効かない」などとまことしやかに言われるが、何も知らずに、飲んでいることすら知らなくてもこれだけ効くことが分かった。果たして知っていればもっと効いたのか、それとも逆に効かなかったのか実験はできないが、どちらにしても古代中国の人たちは凄い。良くぞこんな処方を考えたものだ。思えば日本が中国より勝ったのは、ほんのこの何十年だけだ。古来多くの文化や技術は大陸からやって来た。僕らは明らかに後進国だったのだ。  強迫神経症と言う理不尽な苦しみで人生を捨ててしまいそうな息子さんに、もう一度社会に参加してもらえれば僕は古来の中国人に感謝する。