確信

 僕ら自営には、出世も降格もないから、そのあたりの事情はよくわからないが、時に出世したばかりに心を病み、めぐりめぐって僕のところに相談に来るケースがある。  この方もそうだ。最初は理由を言わなかったが、僕は話を聞いているうちに想像がついた。かなりの地位についたから、何か負担が増えているのではないのと尋ねると、ある企画を任されたらしい。それだけならモチベーションはむしろ上がるのだけれど、今までの仕事を全く削ることなくそのままプラスされたらしい。だから体がついていかずに倦怠感に襲われる様になり、脈が飛んで苦しく、悪夢に苦しめられるようになった。仕事に対して全くやる気が起こらずに、辞表も提出したらしい。「鬱じゃろうか?」と尋ねられたが、病院から出されている薬を見ると「そうじゃ」と答えるしかない。  新たに得た肩書きにふさわしい仕事を任されたのだから、そして当初はそれをいきに感じていたのだからあながち仕事を辞めたいのではない。心を病みきって惨めな姿をさらしたくないだけの理由だから、それ相当の決断だったに違いない。鬱の漢方薬を作ってと頼まれたのだが、なんとなくピンと来ない。いい体格をしているから、こんな体調になる前はどうだったのか尋ねると、もう少し痩せていたと答えた。だから自分では鬱と思っているのだろうが、いまいち鬱の薬を作るのに踏ん切りがつかなかった。そこで一つの提案をした。「それなら脈が飛ぶのも心配じゃろうから、脈が止まる漢方薬を作ろうか」と。すると相手は「脈が止まったら困るじゃろう、死んでしまうが」と言いながら大笑いを始めた。「ごめんごめん、脈が止まったら困るな。不整脈が止まる漢方薬じゃ」と言い直したが、それでも笑いを止めなかった。何でこんなに受けるのだろうと言うくらい笑った。その笑う姿を見て僕は決めた。鬱の薬はいらないと。  笑っている姿を見て相手の希望に確信が持てた。そこで「やる気が出る漢方薬を作ってあげようか」と提案すると「そう、それそれ、本当は辞めたくないんよ」とやっと本心を言ってくれた。  たまには言い間違うこともいいものだ。洗練されたギャグより受けることもある。