胆嚢

 それで止めを刺されたから早々に「岡山で用事がある」と嘘をついて退散した。  かの国の青年達が、県内のほかの町にある工場で働く同胞に会いに行きたいと言うから、7人乗せてその町に向かった。牛窓からだとバスや電車を乗り継いでいくから相当の負担になるし、僕自身も今日は予定がなかったので、ドライブ気分だ。もう20年位前にスポーツ少年団の子供たちを試合に連れて行ったことがあるが、記憶はほとんど消えていた。狙いを定めた辺りまでは近づいたはずなのに、肝心の寮と思しき建物が見つからない。そこで通行人に尋ねても、外国の人が住む寮は知らないといった。一緒に行ったかの国の青年が、会社のユニホームが干されている民家を発見し、結局はたどり着けたのだが、先ほど尋ねた若いお母さんがなんとその寮から50メートルくらい離れた所にある家に入って行った。牛窓くらいな田舎なのに、意外と隣人に興味を示さないんだとおのずと比較した。比較と言えば、周りにはまだ農地が一杯あるのに、青年達に近所から野菜などの届け物が一切ないそうだ。牛窓の寮にはいつも野菜や果物が一杯届けられ、僕がおこぼれに預かっていたくらいだ。同じ田舎なのに、思いやる気持ちは牛窓のほうが圧倒的に強いと、正直嬉しかった。  かの国では来訪者には一杯料理を作ってもてなすらしくて、台所のテーブルの上は、所狭しと手作りの料理で埋め尽くされていた。いつものように、どれも茶色に染まっていて、なんとなく脂っこい。台所に充満する香りも、なんとなく胆嚢を攻め立てる。いやな予感がしたが、席を立つタイミングを見つけることが至上命題になった。そして最後に準備され並べられた料理がなんと皿に山のように盛られた鶏の足なのだ。足と言っても3本の指がかろうじてくっつくあたりで切り落とされているから、グロテスクこの上ない。強い火で焼いて色でも変わっていればまだ何とかなりそうだったが、ほとんどもとの色と変わっていないので、絶対に口にしないと決めた。下手に美味しいとでも言おうなら後々に響くから、最近は「ドウデスカ?」と聞かれると「まあまあ」と答えることにしている。ただこの足は結局口にはできなかったし、さすがにかの国の青年達も強要はしなかった。しかし、その足先を美味しそうに口に入れる若い女性の姿は「見ないほうが良かった」  所違えば何とやらだが、所違って・・・良かった。