凡人

 初めて会った時に「日本の文化に触れたい」と言い、積極的に出かけようとしたのに、実行できたのは最初の2ヶ月だけだった。その後は色々と企画しても彼女だけは参加しなかった。気になるから会う度に体調を確かめるが返ってくるのは決まって「お父さん、元気です」だった。  昨夜、同僚に尋ねてみると「ゲンキジャナイ タベル ハク」と教えてくれた。「4キロ ヤセタ」とも教えてくれた。もともとスリムな女性だが、見ると確かにお腹が背中につきそうだ。かつて彼女の2代前の通訳が「吐いた時と倒れたときしか○○○○人は病院に行かない」と教えてくれたが、彼女は吐いてもまだ行かないみたいだ。そこで薬を作ってあげると提案したら、かたくなに断る。どうしてと尋ねると薬が好きでないらしい。若いから薬が好きでないのはよくわかるが、食事のたびに吐く人をほうっておくことは出来ない。そこで「お父さんは、草で薬を作ることが出来るのよ。化学薬品ではないから安心して」と言うと、びっくりしたようで、薬を飲んでくれることになった。  若くて、暴飲暴食とは縁がないような生活をしている女性が吐いたりするのは明らかにストレスだ。単純労働だけで来ている女性たちは意外とストレスはないみたいだが、通訳の肩書きを持っている女性は、なぜかしら気持ちを病みやすい。偶然かもしれないが代々の通訳で一人を除いて全員が僕の前で涙を流した。仕事に関することだから直接的な手助けはできないが、気持ちを軽くしてあげることはできた。  2週間毎に漢方薬を届けてなんとしても2月までには解決してあげたい。備中温羅太鼓も倉敷の季節はずれの第九も間に合う。それらに触れて僕自身は感激に当然浸れるが、この年齢になって初めて、感激してくれているのを見て感激できるようになった。自分で太鼓も打てないし、トランペットも吹けないが、会場に連れて行くことだけはできる。こんなに簡単なことはない。凡人はこれに限る。