置き土産

 1ヶ月以上寮を覗いていないから、心配になった一人の女性が様子を見に来てくれた。イベントなどに誘える機会が1月は全くなかったので、用事がなかったのだが、彼女達は僕が何か理由があって怒っていると心配したらしい。1人で来たから仲間に気を使わなくてすんだのか、あるいは結構親しく3年間を過ごしたから、4月に帰国する前に教えてあげようと思ったのか、示唆に富んだ話をしてくれた。  僕はコンサートなどのイベントがあると8人分を一刻も早く手に入れようとしてきた。そして運よく手に入れば、寮に持って行き同行する7人を決めてもらう。なるべく気の強い人が優先されないように表を作って公平さを重視している。結構そのことは理解してもらって、重複を避けて人選をしてくれている。ところがその女性によると、コンサートなどのイベントが好きな人は半分くらいらしい。後の半分は実はコンサート目的ではなく、道中で見かける花や、帰りに寄るスーパーでの買い物が主なる目的らしい。正直これには驚いた。皆が皆、僕と音楽の趣味が合うとは思わないが、半分の人達がどうでもよかったのだ。インターネットなどの情報を検索し、必死でチケットを手に入れていた努力はなんだったのだろう。勿論チケットは無料ではない。高いのは3000円くらいのもあるし、安くても1000円はする。おまけに必ず食事をするからそれも上乗せされる。和太鼓や第九がそんなに好きでもない人にこれだけ投資していたのかとちょっぴり残念だ。夜に町中に出てカフェで過ごすのがもっぱらの娯楽の国から来て、観劇もスポーツ観戦も旅行もほとんどしたことがないらしいから、せめて牛窓にいる間に今までの人生分分を取り戻すくらいは楽しんでもらいたかったのだが、実はそんなに楽しかったわけでもないとなると寂しいものだ。簡単に言えば「いらぬおせっかい」でしかなかったのだ。  文化の違いなどそんなに簡単に越えられるはずがない。どちらがいいとか悪いとかでなく、どちらもいいのだ。3歳の子供を国に残し、懸命に働き、好奇心旺盛に僕の紹介したイベントを楽しんだその女性は、勉強もしないのに日本語で僕とかなりの意思疎通ができるようになった。通訳としてやってくる女性以外でここまで日本語ができるようになった人は珍しい。その身につけた語学で僕に置き土産のように実情を教えてくれた事実を生かさぬ手はない。日本人からすると異常なまでの花好きに対しては花を目的に、買い物が好きな人には買い物を目的にアッシー君をすることにした。そして勿論一番力を入れるのは今までどおり和太鼓に第九。出来ればボレロを生で聴きたい。僕も今だ会場で聴いたことがないので。