武勇伝

 「そりゃあ、テレビに出んわ」と僕が言うと、娘は勿論本人も笑っていた。  幸いなことに台風が今回も上手く逸れてくれた。吹き返しの風が少し強かったが心地よいくらいだった。雨も運動場に水溜りを所々に作る程度で、これくらいならお百姓さんも喜ぶくらいだ。牛窓は海岸線に延びた町だから、台風の浸水被害は珍しくもない。ただ、それが取り返しのつかない位の被害になったのは、僕の人生でも一度しかない。岡山県は災害が少ない県で有名だが、人生で一度浸水被害を受けるくらいならまずまずだろう。  住人はいたってのんきだが、外から見ればやはり台風のたびに浸水する家屋がある町は、取材に適しているのかもしれない。台風の前日まさにそういった取材を受けた人が処方箋を持ってきた。娘が対応したのだが、薬の話ではないテーマでなにやら盛り上がっていた。僕も気になったので薬局に出て行くと、その大工さんが娘に話していた。「テレビ局の人間が、台風の前で気になりますね。準備は早くからされているのでしょうね?って聞くから、この辺の人間が、台風の準備なんかするもんか。みんなのんびりしたもんじゃ。被害なんてめった出んのじゃからと言うちゃったんじゃ」と照れながら、いや話したがりながら教えてくれていた。 「そんなことを言ったら没じゃろう?」と僕もその大工さんが期待しているように突込みを入れてあげた。すると「そうなんじゃ、全部ぺけじゃった。と、胸の前でクロスして見せてくれた。  「そりゃあ、惜しかったなあ」と言うと、むしろ彼にとってはテレビに出ることに意味を感じているのではないことを訴える武勇伝のほうが大切だったのだ。メディアなどに迎合しない気骨こそ彼の誇りなのだ。職人のプライドが少しばかり覗いていた。