評論家

 いわゆる鉄筋コンクリート建ての薬局なのだが、2階で大工さんが仕事をしているのが結構階下の薬局部分に響く。もっとも大工仕事だからものを打ちつける作業が多いのだろう、コンコンとかゴンゴンとかコツコツとかコトコトとかの心地よいリズムが多い。何故かそう言った音を嫌がる人はいない。好奇心が強い人は「直しているの?」と話題に出す。余所の普請でも興味深いのだろう。大袈裟なことは勿論していないのだが、「物置を造ってもらっているんです」と適当に答えておく。  決して明るい性格とは言えない、寧ろ理屈っぽいお百姓が薬を取りに来た。漢方薬が出来るまで時間がかかったから例の音をしばらく聞いていた。会計がすんでから彼が言った。「2階を直してもらっているの?」と。そこまでは誰でも気がつくことだが彼はそこからが違った。「大工の○○さんが来てやっているんじゃないの?」これには驚いた。「どうしてそれが分かるの?」と尋ねると、「あのトントンというリズムは○○さんのものじゃ」もうこうなれば左甚五郎か右にならえの世界だ。「金槌をたたくリズムで誰のものか分かるの?」大工さん本人よりも、にわか大工評論家の方を尊敬し始めた。傍にいた僕の家族も話を興味深く聞いていた。ところが彼の期待以上に受けたのが心配になったのか「音で誰だか分かるもんか。駐車場に止めてある軽トラで○○さんと分かったんじゃ。うちも○○さんに直してもらったから、あの車をしょっちゅう見ていたんじゃ」と白状した。  うっかり、大工評論家の弁を信じるところだったが、でもそれもないことはないなと言う感覚があったから、嘘でなかったらどれだけ素敵なことだろうと少し残念だった。嘘をバラされて残念がってはいけないが、無口で理屈っぽい人の渾身のジョークでしばし副交感神経の恩恵にあずからせてもらった。  今度立て替える時は、2階の音が響いたりしない頑丈な、それこそ筋金入りの鉄筋コンクリートにしなければならない。それを建築業界では「鉄金」コンクリートと呼ぶらしい。