古道具屋

 「お父さん、ほとんど追っかけじゃなあ」と娘が言ったが、自分でもそう思う。  赤田晃一がリサイタルの時に、和太鼓と即興演奏をしたのを聴いて封印していたものが目を覚ましてしまった。あれから今日で3回目の和太鼓のコンサートだ。それも回を追う毎に会場がどんどん遠くなる。それでも大儀だと思わずに行ってしまうのだから、立派な追っかけだ。今日の会場は県北の勝央町という町で、僕にとっては未知の土地だ。温泉で有名な美作市の西だとおよそのことは調べていたのだが、県北と聞けばどうしても険しい土地というイメージがあり、落ちたら死ぬような道を通って行かなければならない危険と隣り合わせの印象がぬぐえない。これは学生時代、先輩達と岐阜から長野あたりにドライブをしていて、天生峠と言うそれこそ車一台がやっと通れ、欄干もなく舗装もしていなくて、はるか100メートル下の谷底が車から見えるような峠をボロ車で越えたことがある。その時の恐怖の記憶が消えないのだ。僕達4人はあの時死んでいても不思議ではなかった。「劣等生4人、谷底に転落死」くらいな見出しは岐阜日々新聞ならつけてくれたかもしれない。いや「薬科大学生、まっとうな人生から転落し」の方が的を射ているかもしれない。  話がそれたが、岡山県を東西に走る国道から垂直方向にひたすら上っていった。備前市から上り始めてひたすら1時間くらい上ったような気がする。道中は吉井川に沿って走るが、結構川面は下の方にあって、時々緊張する場面もあった。ただ勝央町にたどり着くとそれはそれは長閑な、いや豊かそうな自然に覆われていた。稲も刈り取りを待っている状態で、四方を囲んだ山がまるでどんぶりの底のような田圃を包んでいた。  そんな中に結構立派な文化センターがあり、僕のもっとも好きな備中温羅太鼓を始め勝央金時太鼓、清麻呂太鼓が演奏した。どれも本当に素晴らしかった。2時間半かけて、たった一人でやって来た疲労を吹き飛ばしてくれた。3回連続で和太鼓を聴いても、全く感動が色あせない。マンネリなんてものがないのだ。超飽き性の僕には珍しいことだ。人生でやり残したものと本気で思える筆頭だからだろうか。下るばっかりの帰り道の間、正確に刻まれる太鼓のリズムが頭から離れなかった。思わずハンドルを岡山市内の方に切って古道具屋を探してみようかと思った。