分野

 ほとんどその日のことを後悔し始めていた矢先だ。かの国の女の子が突然歓声を上げて走り出した。さっきまで暑さにあごを出してゆっくりとした足取りでほとんど義務的に歩いていたのとは様変わりだ。何に焦点が合わされるのか分からないものだ。 栗林公園が日本庭園の中でも優れているものだと、僕でも分からないのだから、かの国の女性が分からなくても不思議ではない。口では「キレイ」を連発してくれるが、どうも僕への配慮のような気もする。暑さのせいもあるのだろうが、折角の小旅行を企画してあげたのに、ウキウキした感じは伝わってこなかった。もっとも、高松出身の若いお母さんや、高松に20年近く住んでいた姪に、高松の観光スポットを尋ねても、一押しがなかったので不安は最初から感じていたのだが、どうやら的中したのを悟った時間帯だった。 ところがコースの最終辺りの池に近づいたとき、一人の女性が何か大きな声を出したかと思うと急に走り出した。それにつられて後の3人も走った。そして指さして何かを言っている。見ると水面に浮かんだ大きな葉っぱの中に蓮の花が咲いていた。テレビなどで見たことがあるから僕は別に感動しなかったが、その僕に言わせれば異常なくらいの興味を彼女たちは示した。「○○ダイスキ、コレナニデスカ?」と言うから蓮と言う日本語を教えてあげると何回も繰り返して覚えようとしていた。  水面にいくつか可憐に咲いていた蓮の花を見ただけで感激したのに、橋の向こうの池には背丈以上ある蓮が密集していて、どのくらいの数があるのか分からないくらいだった。あまりに伸びた蓮の背丈で、池の対岸はまるで見えなかった。 彼女たちが蓮を見て興奮したのは、蓮は全てを利用できる優れた植物だかららしい。かの国では葉っぱはご飯を包んで食べるため、種も食用、後は・・・これは日本語の語彙不足で僕には伝わってこなかった。要は、かの国ではとても大切で有用な食材を日本で見つけたからなのだ。 「コレ、トッテモイイデスカ?」異常な興奮は全てこの為だった。野生とでも思ったのか、僕が許可すればすぐにでも実行しそうな勢いだった。僕は蓮の葉っぱごときで明日の四国の新聞に載りたくなかったので、「駄目」と答えた。 牛窓に帰ってきて30年以上働き続けて、旅行も遊びもグルメも全て封印していた僕が若い女性を楽しませるのはかなり難しい。それらの分野の不器用さを今日も又思い知らされた。