基準値

 「90歳を過ぎてこの検査値は異常だろう!」嬉しそうに親の検査値を見せてくれたのに、僕の反応がこれでは嬉しさ半減だろうか。ただ90歳を過ぎてこの正常振りは異常だ。  かなり検査項目があったから医院の簡単なものではないようだ。何か病気を持っているのかもしれない。もっともその年齢で病気の一つや二つ持っていないのも運が良すぎる。見せてくれた表の中は確かに正常からはみ出しているものはほとんどなかった。一つか二つあったが、それもほんのかすかに正常値をオーバーしているだけだ。僕なんかの方がはるかに正常値をはずれているのが多いし、はずれようも大胆だ。  例えばコレステロール。これが低かったら、体内のホルモンなどが作られない。それこそ不健康だ。例えば血圧、これが低ければ体の隅々まで血液が運ばれないだろう。動脈硬化を起こし、筋肉ポンプが衰えたなら、圧をかけて隅々まで血液を送ろうとするのは当たり前の話だ。それを健康な20歳代の人並みに下げると言うことの方が不自然だ。例えば頭。大脳が萎縮しているのに、嘗てと同じ頭の働きを求めるのは酷だ。理性も知性も同じように萎縮するのが当たり前で、それを病気と捉えるから無駄なカネが製薬会社に吸い取られる。  この世は悪意に満ちたトリックが横行している。数字で示されれば納得してしまいがちだが、五感を優先する生き方もこれから必要ではないかと思う。薬で人工的に二十歳の健康な人と同じ体内環境を整えても、所詮不自然でしかない。その不自然を求めて一喜一憂している僕らこそ最強の不自然だ。