法務局

 良かった、2年越しの懸案が片づいた。  ある人から、かの地の酒を貰った。わざわざ東京から送ってきてくれたのだが、ほとんど酒を飲まない僕が、いやいや、かの地を支援しようと言う運動の一環らしくて、飲もうが飲むまいが買うことに意味があったのかもしれないが、どうして酒を送ってもらう対象になったのか理解できない。もっとも、その女性は妻の友人だから、妻経由で僕に送ってくれたのだろうが、妻も僕と同じくらい、いや僕以上に放射能に関してはナーバスだ。好意は有り難いが、さてその処分には困った。捨てるなどと言う失礼なことは出来ないし、勿論飲むことなどできやしない。だから一応外箱の放射線濃度を測って高い値が出ていないことを確かめて、車庫にずっと保管していた。  実はその酒が日の目を見る唯一の機会はいずれ必ず来ると思っていた。そしてその日がついに昨日やって来た。待望の、酒なら何でもいいという人物がふらりとやって来たのだ。その酒が送られてきてから会っていないのだから、それこそ2年近く会っていないことになる。だいたい想像はしていたのだが、今まで何処に行っていたのと尋ねた僕に彼は最高のギャグで返してくれた。 「○○の法務局に行っていた」 「どうして○○の法務局ではないの?」 「あそこは悪い奴ばかり入るところ」 「じゃあ、○○君は悪くないの?」 「俺なんか悪でもひよこみたいなもん」 「ところで、酒は止めたの?」 「「飲んでる」 「○○君しか飲めない酒があるんだけれどいる?」 「酒をくれるの」 「○○県の酒を送ってきてくれているんだけれど恐くて飲めん。○○君だったら恐くないじゃろう」 「酒だったら放射能でも毒でも何が入っていてもかまわん」  話は簡単だった。やはり僕の予想していたとおりでとても喜んでくれた。裁判官からパチンコを辞めることと仕事をすることを諭されたらしいが、酒のことは何も言われなかったと強気だ。  これでみんな丸く収まった。善意の買い物をした人、身を滅ぼすほど酒が好きな人、酒も放射能もいらない人。苦肉の策のトライアングルだが、被害者の庶民がまるで罪滅ぼしのようにけなげな姿で奮闘する余波がこんな西の県まで及ぶとは思ってもいなかった。逃げてきた人達をまるで追ってくるような善意に心が痛む。数千円を寸借して1年以上も法務局に出張していた人間がいると思えば、何万人の仕事や生活を奪って尚安泰に暮らしている人間もいる。傷口を舐め合っているだけの庶民をはるか高きところから見下ろしている邪悪が僕には許容できない。