残高

 正直その態度の悪さ、いや恐らく悪意はないのだと思うが、余りにも愛想のなさに応対するのがいやになる人物だ。だけど何故かもう10年やそこらやってくる。薬局に入ってきてから出ていくまで口を利かないこともしばしばだ。ほとんど物体に向かって応対しているようなもので、その屈辱はいつになっても耐えられるものではない。ただその人の親がもう30年は足繁く通ってきてくれているのでなんとか耐えられるのだと思う。 いままでは100%親の遣いだった。自分のものを求めたことはない。ところがその日は違った。自分のための薬を要求した。それどころか自分の症状を尋ねもしないのにしゃべり出した。ある苦痛を訴えたのだが、その時点で僕はそのやつれ具合から想像できていた。  職業的には恐らく落ち度無く応対できたと思うが、やはり経緯があるから、プラスして何かを与えようとは思わなかった。養生を始めアドバイスできることはいっぱいあるが、とてもその気にはなれず、必要最低限の相手をしただけだ。窮地に陥ったとき、いくら態度を変えても、それはもう通用しない。余程寛容か修行者でない限り、掌を返されても同じように掌を返すことは難しい。強がりもせず、いきがりもせず、ごく普通に接していれば多くの援助を得られるだろうに、中年になってもガキ大将みたいに振る舞った付けは大きい。  いつ何時、誰だって弱者に陥る可能性はある。その時は恐らく多くの援助無くしては生きていくことすら難しい。その時のために、心の貯金を他人様にしておかないと、引き出そうにも残高はない。低金利の時代を生きるには低姿勢が必要だ。