数学

 シャーッターを開けてすぐに入ってきたから地元の人かもしれない。ただ見たことがない男性だった。下痢をしているらしくて下痢止めが欲しいみたいだ。「すぐ効く薬をください」と付け加えたが肝心のどうして下痢をしているかこちらが一番気になることは分からない。「知り合いがストッパーがいいと教えてくれた」と言うが、それも又僕には知りたい情報ではない。下痢を理由にやってきた人には当然、確認しなければならないことがあるから、いくつかを質問した。ところがどうもはっきりしない。上手く説明できないのか、症状を薬局で説明して薬を買うって言うことを知らないのか、どうも行き違う。  こうなればこちらは最悪の場合を想定して、闇雲に止めてしまうんではなく、便の中の水分を調節して下痢が止まる処方を選択する。そうすると細菌性やウイルス性の下痢の時も失敗がない。下痢が身体の外に悪いものを捨てるという防衛反応だった場合のことを当然考えるからだ。医療用の薬でいいものがあるからそれを2日分勧めた。余ってももったいないからだと思ってのことだ。足らなければ取りに来るだけでいい。いつもならこれで全て終わる。  ただ、この男性の場合はこれで終わらなかった。全てが想定外だったのかもしれない。薬局を利用したこともなかったのかもしれない。気を利かして2日分だけしか薬を出さなかったことが理解できないし、2日分の数百円の薬代が「高い」し、ストッパーなるものではないし・・・・挙げ句の果ては「おかしいんではないですか?」と尋ねられたから、こちらがおかしくなりそうだったので「僕にはあなたに出来ることはなさそう。悪いけれどドラッグストアに行ってくれる?」と懸命に感情を抑えた。  こうしたやりとりがいやで、30数年懸命に勉強してきて、一瞬の判断力を鍛えてきたが、そしてそれを求めて繰り返しやって来てくれる人を一杯作ってきたが、何で今更僕の薬局でこんな低次元の会話を交わさなければならないのかと残念だった。恐らく自分に専門とするところや得意とするところが少ないか無い人なのだろうが、何かに秀でたものを、それは格段にと言う必要はない、ほどほどでいいのだけれど、持たない人の特徴だ。専門の意味を知らない。 僕の薬局には医師やその家族も何人か漢方薬を取りに来てくれる。ただ一度もそれらの人に処方を尋ねられたことがない。不思議なくらい全てシェフにお任せなのだ。超専門家故の自信だといつも感心する。任される分こちらはやりがいと共に緊張感もマックスだ。生半可な知識はインターネットで簡単に手に入るが、手にはいるのは所詮公式程度だ。応用問題はやはりプロにしか解けない。 漢方薬の応用問題くらい高校時代に数学の応用問題が解けていれば、今頃はあの超有名大学を卒業後、あの超有名企業に就職して、放射線を国民に食べさせてもなんとも思わない太っ腹を身につけていてだろうに・・・数学で躓いて、人生で躓いて・・・うまくできている。