せっかく入った大学で、勉強する意味を感じられずに、友人も作れないとなると、登校する気力もなくなるだろう。勉強する意味は感じられなかったが、先輩や後輩に恵まれた僕でも登校するモチベーションを保つことが出来なかったのだから、その子に学校に行けなんてことは言えない。 ただ彼女には好きな弓道がある。それだけでもしに学校に行きたいのだが、やはり人間関係が邪魔になって、マンションの玄関から出ることが出来ない。そんな彼女が合宿に参加したのだからやったと思ったが、楽しかったとはとても言えないらしい。踏切の警報がけたたましくなる音を背景に電話をしてきたから、恐らく合宿場所を抜け出してかけてきたのだろうが、僕の彼女に対する助言は以下のようなものだった。  合宿場所が田園が広がる田舎だったらしいから、里山に入り、猪や鹿や狸など動く標的に向かって腕を磨くべきだと。それらの動物は今はお百姓さん達を困らせているから歓迎されるだろう。イタチやヌートリアだったらお金まで貰えるかも知れない。腕は磨けるわ、お金は貰えるわで一石二鳥だ。そこで実力を付けたら、今度は高校時代までいじめられた故郷に帰り、いじめられた子達に弓を構えて脅してやればいいと。  グッドアイデアだと思ったが、彼女は大声で笑うだけで実行を約束はしない。でもそれまでぼそぼそとか細い声でとぎれとぎれにしか話さなかったのが、幾度かの大笑いで一気に吹っ切れたのか、あたかも踏ん切りがついたかのような電話の終え方をした。後ろ髪を引かれるような終え方が常だったから、少しばかり安心した。  漢方薬で悶々とした臆病な生活を救ってあげたいと思うが、必ずしも武器がそれだけではかなえられない。破れる程の夢さえ持ったこともない嘗ての青年が、夢という言葉すら存在しない現代の青年にできることは、無惨にも破壊された日々の共有と、笑い飛ばすしかない刹那の解放だ。