偶然

 多くの人がなりたくないものの筆頭に、交通事故の加害者と被害者があるだろう。悪意が全くなくても成立してしまう犯罪だ。悪意がないことが弁解にならないのだから当事者になってしまってからではどうしようもない。出来るだけその立場にならないように気をつけるしかないが、100%完全はあり得ない。  今日、僕はまさにその加害者になるところだった。偶然がいくつも重なり事故が起こりそうになって、また偶然がいくつも重なって回避された。 牛窓に入る1番目の坂はかなりダラダラと続く。坂が終わりそうなところが緩いカーブになる。丁度その辺りにさしかかったとき、先頭が大きなジープ、後続の2台が普通車と言う順番で反対車線をやって来た。丁度ジープとすれ違ったところで突然カブが僕の車の前方に現れた。10メートルくらいはカブとの距離があっただろうか。そのカブが、と言うよりおじいさんが(すぐにお年寄りだと分かった)白線から僕の車線に入ってきたのだ。おじいさんは右に横切ろうとしたのだろう。それを見て僕はすぐに進行方向右にハンドルを切った。坂道を降りてきたけれど僕はそんなにスピードを出すほうではないので急ブレーキはかけなかった。その瞬間おじいさんは白線から元の車線に戻ろうとした。これには面食らって僕もまた元の車線の方向、すなわち左にハンドルを切った。ところがまたまたおじいさんは急にハンドルを切ったものだから、オートバイが倒れそうになり再び僕の車線の方に飛び出してきた。倒れたら当然低ひいてしまうので、僕は右側の車線に大きくハンドルをきった。おじいさんは倒れそうになりながらも態勢を立て直して、結局は道路を斜めに横切って、自分が目指していた細い山道を登っていった。バックミラーで確認したら凄い勢いで去っていった。余程恐ろしかったのだろう。なかなか状況を言葉で解説するのは難しいが、車とカブで事故の回避をしながら裏目に出続けた格好だ。最終的には衝突を避けることが出来てお互い救われたのだけれど。  なぜだか知らないが僕は脈の一つも乱れなかった。瞬時にハンドルを右に左に切ったような経験はないが、まるで映画の一シーンのように危機を抜けることが出来たことを嬉しく思った。もし運の良い偶然が一つでも抜け落ちていたら、僕は老人をカブもろとも跳ね飛ばしていただろう。  必要もないのに車には乗らないと気をつけているものの、こうしたハプニングに巻き込まれない保証はない。なるべく車に乗らずに事故に遭遇する確率を減らすしかないが、カーブで大きなジープの影で僕の車が見えなかっただろう偶然の産物まで避けることは出来ない。人の役に立てることが少ないならせめて傷つけることだけでも少なくしたいと思っているが、こうして夜になって回想しているうちに、次第に恐怖感が蘇ってきた。色々なものに守られたのだろうと自分を納得させるが、ただ一つ確実に僕を守ってくれたものがある。それは後続車の運転手二人だ。もしあの2台が急ブレーキで止まってくれなかったら、僕はカブを避けて反対車線に出ることは出来なかったのだから。